2012年5月アーカイブ

モスクワで今月行われていたチェスの世界チャンピオン選手権が終了した。タイトル保持者であるAnandにGelfandが挑んだ今回の勝負は、予定されていた12局を終わってもまだ差がつかず、昨日行われたタイ・ブレークの早指しでようやくAnandが一歩リードし、そのまま逃げ切る形になった。ゲームの勝敗の進行を追ってみると、
第1局~第6局 ドロー
第7局 Gelfand勝ち
第8局 Anand勝ち
第9局~第12局 ドロー
タイ・ブレーク1局目 ドロー
タイ・ブレーク2局目 Anand勝ち
タイ・ブレーク3局目 ドロー
タイ・ブレーク4局目 ドロー
という流れである。前半はどちらかといえばGelfandが押していて、Anandはどうにかドローにしているように見えた。第7局でついに均衡が崩れてGelfandが一歩リードしたが、直後の第8局でGelfandがブランダーを出して自滅。それからはまたドローの連続になった。短期決戦のタイ・ブレークで、Anandがワンチャンスをものにして勝負をつけたという感じだ。何年か前にKramnikとTopalovが対局したときは、Kramnikが頻繁にトイレに行くのはおかしいなどとTopalovが因縁をつけた「トイレ騒動」でかなり険悪な雰囲気になったが、今回は幸いそういうこともなく、終始穏やかに行われたようである。やはり、この方が見ていて気持ちがいい。

それにしても、こうして見るとやはりチェスというのはドローが多いゲームである。もちろんレベルがそれほど高くない対局者なら、例え実力が同じくらいでも勝負がつくことの方が多い。しかしグランドマスターのレベルになると、お互いが大きなミスをしないので均衡は容易なことでは崩れない。ましてや世界チャンピオンを決めるマッチとなればなおさらだ。

ふと思ったが、こういうタイトルマッチはサッカーの試合の流れと似ているかもしれない。つまりほとんどの時間では押したり引いたりを繰り返しているだけで点は入らない。それがあるとき、ついに点が入って均衡が崩れる。なかなか点が入らない分、得点の瞬間はそれだけ劇的なものになる。チェスもドローが多いからこそ、勝負がつく対局が重くセンセーショナルになるわけだ。

立ち上がりから両者お互い慎重な試合運びでボールを回し、得点のないまま前半を終了。後半開始早々、Gelfandのシュートが決まって1対0とリードしたが、その5分後、今度はGelfandのオウンゴールで再び同点に。その後はお互いシュートを放つも決定打にはならず、そのまま後半が終了した。延長前半、Anandがついに決勝のゴールを上げる。後半もGelfandの猛攻をしのいで逃げ切った。今回のマッチ全体をサッカーに例えるなら、こんなところだろうか。

今日は解析学の中間試験があり、その後の時間で解析学の演習もあった。講義と演習の時間が連続しており、普段は講義の内容に関連した演習問題を直後の時間にやってもらうことで理解を深めてもらうようにしているが、今日は講義の時間を試験に使ってしまったのでそういうわけにはいかない。そこで復習のつもりで簡単な積分の問題を出したら、予想外にみんな苦戦していた。少なくともこの手の計算のテクニックについては受験生時代に鍛えてきていると思うのだが、ちょっと使わないでいるとたちまち錆びついていってしまうらしい。ともあれ、今日回収した中間試験と演習もこれから採点しなければならない。先週末の試験の採点も終わっていないし、明後日にはまたもう一つ演習がある。次から次へと答案の束がたまっていく。この一週間は正念場だ。

先ほどまで、将棋王位戦の挑戦者決定戦の中継を見ていた。渡辺竜王と藤井九段の一戦で、対局前の下馬評では渡辺竜王に分があるだろうというのが大方の予想だったと思うが、結果は藤井九段が後手番で勝ち、挑戦権を獲得。終盤は形勢が二転三転し、どちらに軍配が上がるかまるで分からない大熱戦だった。藤井九段は将棋もトークも面白く、個人的には応援したい棋士の一人だ。羽生王位との王位戦でも、好勝負を繰り広げることを期待している。

今日も朝から会議。2時間くらいかかった。自室に戻り、次の講義の準備を大急ぎでする。一息ついてお昼をすませてから、1時より線形代数学の講義。相変わらず喉の調子が悪くて声があまり出ない。部屋に戻り、一息ついてから資料を準備してまた会議。これも2時間くらいかかったが、同年代の先生と気楽に話せる雰囲気だったので、こちらの方はそれほど長さを感じなかった。そうはいっても、やはり会議・講義・会議と続くとちょっと疲れてしまう。全部終わってから中間試験の採点を少し進めるつもりだったが、気力が萎えてしまったので明日に後回し。

数学概論

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普段なら月曜日は比較的ゆっくり出かけられるのだが、今朝は少々急がなければならなかった。体調不良で休養されている先生の「数学概論」という講義をピンチヒッターで1回分受け持つことになっていたためである。対象は文系の学生で、数学のトピックをやさしく紹介するというものである。学生の出欠確認を兼ねて受講した感想を書いてもらう用紙を配付する予定だったが、実はその印刷を先週のうちにすませていなかった。講義の始まる直前にその作業をやってから講義室に駆けつけることになり、非常に慌ただしい週明けになってしまった。

講義自体は去年の夏に高校生を対象として行った内容をアレンジしたので、特にトラブルもなく進めることができた。ただ困ったのは相変わらず喉の調子が悪くて大きな声がなかなか出せなかったことだ。大事なところを強調しようとすると、裏返ってしまって妙な声になってしまう。受講している学生が私の講義を聴くのは今日が最初で最後なので、どうも声がよくない先生だと思ったかもしれない。

自室に戻ってきたらすっかり疲れてぐったりしてしまい、午前中は仕事にならなかった。お昼をすませ、午後は主に先週行った中間試験の採点。明後日には2つめの中間試験があるので、それまでに1つ目をなるべく片づけておきたい。

ChikenTomatoSoup.jpg昨日は家を出る前から少し喉の調子がおかしく、声が変質してしまっていた。このところ非常に忙しかったので、少し風邪気味だったのかもしれない。夜になってからは少し頭も痛くなってきたので、いつもより早く床に就いた。今朝起きてみると幸い頭痛はすっかり引いて調子はよくなっていたが、まだ若干痰がからむ。今日はゆっくり休息することにし、買い物に出た他は家でのんびり過ごしていた。

夕飯はまたカレーづくりに挑戦してみる。今回はカレーといってもスープカレーの類で、チキントマトスープのカレーにしてみた。これも最近参考にしているインド料理本に出ていたもの。本場のカレーを一からつくろうとするとタマネギを長時間炒めたりするところから始めなければいけないことが多いのだが、チキントマトスープは珍しくレシピにそういうステップはなかった。その代わり、キャンベルのトマト缶を使うのである。鶏肉とジャガイモをトマト缶のトマトとともに鍋に入れ、これにスパイスと大量の水を加えた後は弱火でひたすら煮込むだけ。水がかなり飛ぶまでぐつぐつやるから時間はかかるが、手間はこれまでつくってみたカレーの中ではかなり簡単な方だった。ターメリックライスとともに食べてみたが、スパイスのせいで辛さは感じるものの、味自体は慣れ親しんだトマトスープそのものである。トマト缶があるときに選択肢の一つにはなりそうだ。

起きてみると、雲はあるもののまあまあの天気。今週は忙しくて疲れたので、リフレッシュのつもりで備北丘陵公園まで遠出してみた。だいぶ前に友だちのT君と一度訪れたことがあるが、おそらくそれ以来になる。確かあれは7年前だから、ずいぶん時間が経ってしまった。

Bihoku2.jpgBihoku1.jpgお昼頃家を出る。1時間ほど高速道路を飛ばして目的地に着いた。ここはとにかく敷地がだだっ広く、入場してから駐車場にたどり着くまでに1キロくらいは走らなければならない。車を降りてからも何百メートルかてくてく歩いて、ようやく花の広場に到着。ここはとにかく花の数が膨大で、いろいろな種類の草花が数万本から数十万本ずつ植わっている。この時期はちょうど見頃を迎えている花が多く、実に見事に咲き乱れていた。とりわけ陽光に映えて美しかったのは、赤とピンクのシャーレーポピー、オレンジ色が鮮やかなハナビシソウ、白色・黄色・オレンジ色の3色のコントラストがさわやかなアイスランドポピー、青紫色をした大輪の花が見事なヤグルマギク、赤や白の小さな花が絨毯のように敷き詰められたビオラ、水色の小さな花が風とともにゆらゆらゆらめくネモフィラなど。色とりどりの花を楽しむには、5月という時期は申し分ない。広場の中央には展望台があり、そこへ登ると一面の花畑を遠くまで見通すことができた。
BihokuPanorama.jpg

花広場を後にしてからも、園内をあちこち歩いていたが、あまりに広いので足が疲れてきてしまった。ちょうどそのころに閉園時間を告げるアナウンスも流れたので、訪れていないエリアはまた今度ということにして帰路に就いた。サイクリングロードも整備されているようなので、次は自転車を借りて回ってみてもいいかもしれない。



底本では7手目からのラインが並置されていたが、ここでは棋譜再生の都合上、片方をメインラインとして扱っている。駒数の多い初形は洗練されているとはいえないが、絡まった糸を少しずつ解きほぐすように捨駒を連鎖させながら、フィニッシュのPの成り分けに持って行く流れは鮮やかだ。このように捨駒によって次の捨駒が可能になる構成は、詰将棋の世界における久留島喜内の創り方を彷彿とさせる。

今週の初めに、詰将棋界に訃報が流れた。詰将棋作家であり、全日本詰将棋連盟の前会長であった門脇芳雄氏が17日に亡くなられたとのこと。享年78。先週は14日にも詰将棋作家であった吉村達也氏が鬼籍に入られており、詰将棋界でよく知られた方が相次いで世を去ることになった。吉村氏とはお会いする機会がないまま終わってしまったが、門脇氏とは詰将棋全国大会や東京の詰工房の席上などで何度かお目にかかったことがある。最後にお会いしたのは、3年前の全国大会の場だっただろうか。また、門脇氏は病に倒れるまで、昨年出版された「四百人一局集」の編集に携わっておられた。その原稿をメールで門脇氏にお送りしたのが2009年の大晦日の午後11時半頃で、日付が変わって2010年元日の0時10分頃に、原稿を確かに受け取った旨のお返事をいただいた。それが最後のやりとりだったように思う。

門脇氏の詰将棋界に対する貢献は非常に大きなものがあるが、その最たるものはやはり東洋文庫に収められた「詰むや詰まざるや」と「続・詰むや詰まざるや」を世に出されたことではないだろうか。江戸時代の将棋名人が将軍に献上したという詰将棋集の中で、最高傑作と呼ばれる三代伊藤宗看の「将棋無双」とその弟・看寿の「将棋図巧」。200局の詰将棋を一つずつ詳細に解説し、この二人の詰将棋が空前絶後のレベルに達していたことを広く世に知らしめた功績は計り知れない。詰将棋をただの終盤の練習問題としか認識していない将棋ファンにとっては、このような世界の存在は十分衝撃的である。「詰むや詰まざるや」を読んで詰将棋の魅力にとりつかれた詰将棋作家もかなりいるはずだ。

実のところ、私と詰将棋の関わりにおいても、「詰むや詰まざるや」は重要な存在である。私がこの本を手に入れたのは中学生のころだったと思う。書かれている手順を見ているとどんどん興味がわいてきて、載っている作品を一つ一つ盤に並べてみては感心していたものだ。棋力のない私にとっては一手一手の深い意味などよく分かっていなかったが、それでも敵の歩の前を馬が鋸状に動いたり、盤上に並べられた全部の駒が詰め上がったときにはほとんど消えてしまったりするのは、手順を追うだけで十分面白くてわくわくした。ずっと後になって詰将棋創作をふとしたきっかけで始めたとき、ビギナーのわりにそれなりの作品が創れたのも、中学時代に宗看・看寿を鑑賞した経験があったからかもしれない。その意味では、門脇氏の著作は私の詰将棋ライフの原点にあるといえるだろう。

ご冥福をお祈りしたい。

迷惑電話

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今日も朝から会議。ちょっと面倒な案件への方策を話し合うもので、2時間くらいかかった。それが終わって自室に戻り、午後の講義の準備を急いでする。お昼を手早くすませると、1時からは準備をしたばかりの内容を消化する講義。中間試験が間近なので、講義といっても今日は半分くらい問題演習の解説に時間を割いた。それが終わるとまた急いで資料作りをして、夕方からの会議に臨む。今日も自転車操業で疲れた。明日も会議やら講義やら演習やらで忙しそうだ。

夕方、会議の準備をしているときに電話が鳴った。耳に受話器を当てると、何やら騒がしいところからかけているらしいのが分かる。経験上、こういうところからかかってくる電話にろくなものはない。
「はい、もしもし?」
「あ、先生、こちら○○と申しましてですね、これからの時代を生き抜く先進的なアイディアを是非先生にですね......」
「えー、どちらにおかけですか?」
「はい?あ、こちら○○と申しましてですね、これからの時代を......」
「いやいや、誰に電話をかけていらっしゃるんですか?」
「え?......先生ですよ」
「だ・か・ら、先生って誰ですか?」
「あ、ですからあの、こちらは○○と申しましてですね、これからの時代を......」
「誰にかけているかも分からないんですか。失礼します」
この忙しいときに、全く迷惑なことこのうえない。自分が誰にかけているかも分からないような電話で、誰か引っかかると思っているのだろうか。およそ研究機関や教育機関に勤めている人間で、あの手の電話にのせられてしまう人が本当にいるのか、知りたいものである。

雲間の日食

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SolarEclipse.jpgいつもより少しだけ早く目覚ましをかけておいた。起きてみると窓の外は明るくなっていたが、残念ながら空は雲に覆われている様子。ちょっと日食を見るのは難しいかもしれない。半ばあきらめて朝食を食べ始めたが、7時を回ったところで外を見ると、わずかながらところどころに青空も覗いていて、それほど雲が薄くないらしいと分かる。北側の部屋に行ってベランダから東側を見上げると、雑木林の上で薄雲を通して欠けた太陽を見ることができた。広島は残念ながら金環日食が見られる地域からは外れていたが、それでもこれほど深く月に食い込まれた太陽を見る機会は、今後もそうは訪れないだろう。

そういえば、25年前の1987年に沖縄で金環日食があったときも、自宅から部分日食を眺めたのだった。お昼少し前くらいだったと思うが、あの日はちょうど秋分の日だったので家にいたのである。当時私は中学生で、まだ天体観測が自分にとって第一の趣味だったころだった。あれから四半世紀、広島の郊外にあるマンションの一室から再び日食を眺めることになろうとは思いもよらなかった。次に日食を見ることがあるとすれば、そのとき自分はどこで何をしているだろうか。

Boscaiola.jpg昨日カレーをつくったばかりだが、今日はその勢いに乗って新しいパスタにも手を出してみた。今回やってみたのはボスカイオーラ。イタリア語で "alla boscaiola" は「木こり風」ということで、要するにキノコを使ったパスタである。手持ちのイタリア料理本を参考にしたのだが、思っていたより手が込んでいてずいぶん時間がかかってしまった。まず飴色タマネギをつくるところから始めなければいけない。ニンニクと唐辛子をオリーブオイルで炒め、これにタマネギを加える。次にメインの食材となるキノコを投入するが、今回はポルチーニ茸とシメジを使った。さらにツナとケイパーも加え、赤ワインをふってアルコールを飛ばす。最後にトマトソースを加え、パセリと塩胡椒で味を調える。これにゆでたパスタを混ぜて完成だ。

ただ、今回はいろいろ失敗もあって反省点の多いパスタになってしまった。まず、飴色タマネギをつくるときに一部が少し焦げてしまったらしいこと。弱火でじっくり炒めたつもりだったが、他の具を投入するころには色が飴色というのとは少し違っているものがあった。飴色タマネギをいい具合につくるのは、簡単なようでいてなかなか難しい。もう一つの失敗は、トマトソースが少し多すぎたらしいこと。おいしくないわけではないのだが、トマトが強すぎてポルチーニ茸やシメジの風味が失われてしまったように思う。キノコ類がメインなのだから、トマトはあくまでいくつかの具材の一つという存在にしなければいけなかったようだ。

まあこういうことは、経験してみて初めて分かるものだ。今回の反省点を忘れずにいれば、次回はもう少しうまくいくだろう。

PotatoCurry.jpg2ヶ月ほど前にインド料理の本を買ったので、それを見てときどき本場のカレーづくりに挑戦してみている。今回は、ブラックポテトのカレーというのをつくってみた。インドカレーはやはりあの豊富なスパイスが命だが、今回のカレーに入れたのはブラックペッパー、クローブ、レッドペッパー、コリアンダー、クミン、ガラムマサラ、そしてアムチュール。この最後のアムチュールだけが近所で手に入らず、先日わざわざアメ横のアジア食材店まで足を伸ばして買ってきたのだった。ブラックペッパーとクローブで油に香りをつけた後、切ったジャガイモとスパイスを投入して混ぜる。これに水を加え、沸騰させてから長時間ぐつぐつやって水を飛ばせば完成だ。

ターメリックライスと一緒に食べてみた。口に入れてすぐはマイルドな気がするが、あとからインドカレー特有の辛みがじわじわ来る。ときどきブラックペッパーやクローブの固まりが入っていて、それをガリッと噛んだときの刺激はもっと強い。調合したスパイスが醸し出す香りが食欲をそそり、アムチュールに由来すると思われるわずかな酸味も利いている。ただいかんせん、具がジャガイモだけなので、以前つくったチキンとタマネギのカレーなどに比べると、やや味が単調に感じられるのは否めない。参考にした料理本にも「味は素朴」と書いてあったが、まさにその通りである。いうなればカレーの原型といった趣だ。メインとして他のおかずを用意し、副次的な一品として使うのがいいのかもしれない。

近いうちにまた別のカレーもつくってみよう。

モスクワで行われているチェスの世界チャンピオンタイトルマッチは、現在第6局が進行している。ここまでの5局はすべてドローで、中継を見る限り第6局も形勢がどちらかに大きく傾いてはいないようである。まだどうなるかは分からないが、本局もこのまま引き分けになる可能性が高いように思う。今回のタイトルマッチは12局行われることになっているから、このまま行けば対局日程の半分が全部ドローということになるわけだ。

チェスにおいては、力が接近したトップレベルの戦いではとりわけドローの確率が高くなる。引き分けがある程度の割合で起こるというのは将棋に親しんだ日本人にとってはやや違和感を感じるところで、実際それほど頻繁に勝負がつかないことがあるのはゲームとして欠陥があるのではないか、と言っている人も見たことがある。しかし実際に指してみると、負け同然の対局で引き分けに持ち込んだときの達成感や、優勢なのに決めきれず勝負なしにされてしまう悔しさというのも、これはこれでなかなか面白いものなのである。

そうこうしているうちに、第6局が終局したようだ。やはりドローだった。

低調な一日

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今日はどうも低調な一日だった。講義や演習が入っている水曜日に比べると、木曜日は予定が少なくて幾分楽だ。だからこういう日こそ有意義に使うべきなのだが、今週中に片づけなければいけない2つの仕事をだらだらとやっていたら、ほとんどそれだけで一日が終わってしまった。集中して取り組んでいれば、もっとずっと早く終わっていたはずなのだ。「今日は時間に余裕がある」と思うとすぐ怠惰になるからいけない。それでそろそろ帰ろうというときになって、大して仕事が進んでいないことに初めて気づくのである。「射撃しつつ前進」の精神をもう一度思い出さなければいけない。

滑る鍵盤

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最近は、朝出勤する前に少しだけピアノを弾くのが日課になっている。演奏会までもう3週間ちょっとしかないのに、こう毎日忙しくてはろくに練習もできない。今の生活で一番落ち着いてピアノに向かえるのはいつかと考えたら、実はこの時間帯だったのだ。もっとも、ピアノといっても電子ピアノだし、ヘッドホンで2回か3回通して弾くくらいが精一杯である。時間にしたら30分にもならない。それでも、繰り返していると少しずつ指が曲を覚えていってくれるようで、それなりに意味はあるように思う。

電子ピアノの蓋を開け、冒頭の部分を弾き出すと、指がときどき滑ることがある。黒鍵を弾こうと指を持っていくと、スルッと滑ってその隣の白鍵に落ちてしまうのだ。練習を始めた最初の数分間に多く、しばらくすると指が鍵盤に吸い付くようになってくる。直前まで皿洗いをしていることがあるので、もしかしたら洗剤の成分がわずかに残っていて手が滑りやすくなっているのかもしれない。

鍵盤が滑るということで思い出すのは、ホロヴィッツを始め一流ピアニストが弾くスタインウェイピアノの調律師をしていたフランツ・モアが、自身の著書で書いていたエピソードだ。本を実家に置いてきてしまったので細部は覚えていないのだが、確かモアがルービンシュタインのリサイタルに同行したときのことだったと思う。すでに客席に客が入り、あとは本人が出て行って演奏するだけ、というときになって、舞台に置いてあるあのピアノは鍵盤が滑って弾けないから何とかしろ、とルービンシュタインがモアに言ってきた。モアが直前に鍵盤を拭いたのがいけなかったらしい。しかし開演を待つ客がいる目の前で、あれこれメンテナンスをする時間はない。困ったモアが考えた窮余の一策は、ヘア・スプレーを持って行って鍵盤に吹き付けることだった。舞台に一人で出ていって、鍵盤に向けてシューッ、シューッとやったのである。これが思いの外うまくいき、ルービンシュタインも上機嫌だったので、それ以後モアはヘア・スプレーを持ち歩くようになったという。

ただ、うちでこのアイディアを実行するのはやめておこう。ピアノはスタインウェイではないし、私もルービンシュタインではない。



テーマはごく単純なものなのに配置はゴテゴテと重く、駄作と評価されても仕方がない。Kubbelは本作をどこにも発表しなかったが、それも無理からぬことといえよう。なお、このフィニッシュは94番で登場したものである。

忙しい一日

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どうにも忙しい一日だった。講義担当者としての仕事、演習担当者としての仕事、卒業研究指導の仕事、何とか委員としての仕事、何とかワーキンググループとしての仕事、何とか担当としての仕事、研究者としての仕事......それらが入れ替わり立ち替わりしながら舞い込んでくるから、息つく暇もなく頭のチャンネルを切り替えては作業にあたらなければいけない。すっかり疲れてしまった。今月は当分こんな感じになりそうだ。

朝は晴れていたのに、夕方から雨になった。8時過ぎに帰宅。

詰備会に行く

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今日は岡山で詰備会の会合が行われる日である。広島に来てから、詰将棋全国大会の他には松山の詰四会と岡山の詰備会には参加するようにしている。今日はバタバタしていて家を出るのがいつもより遅くなったうえ、バスの時刻表が改正されていることに気づかずに家を出てしまい、予定の新幹線より大きく遅れてしまった。バスと在来線と新幹線を乗り継ぐから、出だしでちょっと乗り遅れただけで遅れが増幅していってしまう。集合場所の岡山市民会館に到着したときはもう2時半近くになっていた。

今日は常連のNさん、Sさん、Tさんあたりはおいでになっていなかったが、その代わり短編の大御所であるSさんが久しぶりにお見えになっており、また若い高校生の人たちが3人も来ていたりして、全体としては普段と変わらぬ盛況ぶりだった。特に高校生になったばかりというM君が、自作の詰将棋を何十作も持ってきたのにはびっくり。しかもそのどれもが、本格的で入選に値するような好作ばかりである。まだ創り始めて1年足らずだというから驚きだ。聞けばすでに一流の詰将棋作家と交流があるそうで、それで急速に実力をつけてきたのだろう。やはり若いと吸収力も並みではない。今後どれだけの大物作家になるか楽しみだ。

会合の席では、以前創ってみた試作品を他の方に見てもらう。何人かでああでもないこうでもないと言いながら解いてくれたが、幸いにしてすぐダメ出しされるようなことはなかった。あまり出来がいいわけではないが、一応これは次回の詰四会作品展に出すことにしよう。2007年の秋を最後に詰将棋を創っていないから、これが掲載されたらほぼ5年ぶりということになる。現状を考えるとなかなか難しいが、もう少し創作頻度を上げたいものだ。

5時に会合が終了した後、場所を移して居酒屋で2次会。7時頃に散会して帰路に就いた。

行楽にうってつけの好天に恵まれた土曜日だったが、今週はあれこれ仕事が降ってきてえらく疲れたので、お昼までは家でごろごろしていた。まだ身体が連休モードから脱し切れていないのかもしれない。

夕方からショッピングセンターに買い物に出かけた。衣料品店でルームウェアを買い、行きつけのパティスリでお気に入りのお菓子を買い、スーパーの食料品売り場で残り少なくなったタリアテッレを買い......と行く前にいろいろ計画を立てていた。ところが行ってみると、衣料品店では探していたようなルームウェアが見つからず、パティスリではお目当てのお菓子はすでに売り切れ、食料品売場では買いたかったタリアテッレはおくのをやめてしまっており、事前の計画はことごとく頓挫。まあツイていない日とはこういうものだ。手早く夕飯をすませて7時半頃帰宅した。

タイトルマッチ

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将棋界でも名人戦が進行中だが、今日からモスクワでもチェスのタイトルマッチが始まっている。AnandにGelfandが挑む世界選手権である。個人的にはAnandに分がある勝負かなという気はしているが、勝負事はどう転ぶか分からない。今日の第1戦は先ほどドローで決着したようだ。これから毎晩のように対局が行われるから、チェスファンにはたまらないだろう。

昨日はオープニングセレモニーが行われており、そのときの様子がChessbaseで紹介されていた。お偉方のスピーチや初戦の先後決めなどが行われた後、ピアノの演奏が披露されたそうだが、そこで10歳かそこらの少年が華麗にショパンを弾いてみせたらしい。掲載されている映像を見ると、確かに大勢の観客を前に堂々としたもので、ただの余興だと思っていた観客も予想以上の演奏に驚いているようだった。実際、あの年齢であれだけの演奏ができるのは相当な逸材だと思う。長髪も決まっていて、何年かしたら二枚目ピアニストとして頭角を現すかもしれない。

演習問題の採点

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今日は昨日の夕方に回収した演習問題の採点をしていた。持って帰ったその日のうちにある程度処理してしまえばよいのだが、たいていは疲れ切ってしまって何にもしないまま家に帰ってしまう。だから木曜日はいつも採点から始まるのだ。一人一人に間違いに対するコメントを書き込んだりしていると、これがどうにも時間がかかって仕方がない。ただの計算ミスを指摘するだけならまだいいのだが、導いた答えから得られる結論がまるでおかしくて、その概念を理解しているのであれば絶対にそうは書かないであろうことが書かれていたりすると、何がどう変なのかと細かく指摘せずにはいられなくなってしまうのである。ある答案にあれこれコメントして、次の答案に行ったらまた同じ間違いが書いてあったりすると、やはり同じように書き込みをしなくてはいけない。これが何枚も続くとだんだんうんざりしてきて、つい目の前のマウスを手にして一瞬の現実逃避に走ってしまう。こんな調子だから、なかなか前に進まないのだ。かくして、今日も延々と時間を費やしてしまったのだった。

来週頭までに書かなければいけない書類がいくつかあり、答案の採点後はそれを片づけた。8時頃帰宅。

名人戦第三局

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忙しい水曜日。朝から会議があり、午後は解析学の講義と演習。演習の時間はその場で配付した問題をやってもらい、机間巡視しながら質問を受け付けるスタイルでやっているが、今日はやたらと質問が多くて大変だった。先月のうちは質問があってもおずおずという感じだったのに、連休明けは何だかみんな遠慮がなくなってきたような気がする。もっとも、理解していないのなら黙っているより質問してくれる方がずっといい。

将棋名人戦第3局は2日目の対局が今日行われていたが、つい先ほど羽生二冠が投了したようだ。これで森内名人の2勝1敗となった。お昼頃までは羽生二冠の攻めが切れ模様で、まだ明るいうちに終局してしまうのではないかと言われていたが、不利になってからも粘りに粘り、最後は両者1分将棋になったらしい。タイトル戦はこうでなくてはいけない。ここまでは順当に先手を持った方が勝っているので、やはり後手番でブレークした方が大きく勝ちに近づくことになるだろう。2週間後の第4局も注目したい。

暗譜での演奏

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今日から、将棋名人戦の第3局が始まっている。第2局まで終えて1勝1敗であり、ここでどちらが勝つかは重要な意味を持ってくるだろう。勝負がつく明日が楽しみだ。

ネット上の生放送で加藤一二三九段が本局の解説をしていたのだが、遅い局面の進行を待つ間、視聴者からの質問にいつもの調子で口角泡を飛ばして面白おかしく答えていた。確か棋譜並べに関する質問に答えたときのことである。「我々プロ棋士は盤駒は使わず、頭の中で棋譜を並べられるんです」と言った後、「そうだ、ピアニストのリヒテルという人がいるんですが......」と思わぬ話題を持ち出した。「リヒテルという人は、ある時期から暗譜をやめたんですね。若いときは全部暗譜して弾いていたんだけど、それだと弾ける曲が限られてしまう。暗譜をやめてから、演奏する曲のレパートリーが広がったっていうんですね。だからプロ棋士も、全部頭の中で並べていればいいかどうかは分かりませんけどね」というようなことをおっしゃったのである。リヒテルがある時期から楽譜を見ながら弾くようになったのはよく知られているが、将棋の解説中にそんな話が飛び出すとは思わなかった。加藤九段、ああ見えてなかなか話題豊富な人である。

むやみに暗譜しようとすべきでない、とは学生時代に所属していたピアノサークルの先輩も言っていたことがある。我々アマチュアは限られた時間でしか練習できないのだから、覚えることに時間を割くくらいならもっと本質的な練習をした方がよい、というわけだ。実際、その通りなのだろうと思う。ただ私自身は、演奏会で弾くときにはやはりなるべく暗譜するつもりでいる。連弾や2台ピアノはまた別だが、ソロの演奏で楽譜を見ながら人前で弾いたのは、この20年でおそらく一度だけ、1年前の演奏会のときのみだ。そのときに感じたのは、演奏中に楽譜と鍵盤を目が行き来することで、どうも気が散ってしまうような気がするということだった。今どちらに目をやるべきかということに頭がいって、肝心の音に集中できないのである。やはり自分のような下手の横好きは、完全に覚え込んでしまうのが性に合っているようだ。

次回の演奏会まで、明日で残り1ヶ月になる。自然に暗譜するくらいまで、もっと練習しよう。



Kubbelには珍しく、創り物の香りが強い作品。彼が逆算で創っていたことがよく分かる構成である。本作はTroitzkyによる先行作のアイディアを思い起こさせる。参考までに、Troitzkyの作品も手順を掲げておく。





帰宅

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一昨日昨日と天気に恵まれなかったが、今日は一転して快晴になった。朝に家を出て、キャリーバッグをゴロゴロ転がしながら東京駅へ。9時40分の新幹線で西へ向かった。昨日までの雨で空気が洗われたのだろう、車窓から見える富士山もくっきりとして鮮やかだった。

新神戸で新幹線を一度降りて神戸の街の郊外へ。義理の兄夫婦のお宅にお邪魔し、今年生まれたばかりの甥っ子の初節句を祝う。8時頃に失礼し、広島への帰路に就いた。

11時過ぎに帰宅。今年の連休はあちこちへとよく動いた。最終日の明日くらいはのんびり過ごそう。

アメ横の地下

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雨はもうあがると思っていたのに、昼を過ぎてもまだザーザーと降り続いている。あいにくの天気だったが、一家で上野に出かけた。このところ本格的なカレーをつくることに凝っているのだが、広島ではいくつか手に入りにくいスパイスがあり、東京に出てきているこの機会に見つけられないかと思っていた。アメ横に品揃えが豊富な食材店があるということが分かり、一度行ってみようということになったのである。

アメ横は通勤電車の混雑を思わせるような大変な人出だった。それぞれが思い思いの方向に歩き回るうえに、誰もが傘を差しているからなおさらぶつかりやすくなる。きっと上から見たら、通り全体が開いた傘でびっしり埋め尽くされていたことだろう。どうにか目指すビルを見つけて地下の食料品街に行くと、そこはまた濃密な空間だった。中国、韓国、インドなど、アジア各地の食材がこれでもかとばかりに積まれた店が両側に立ち並び、その合間を人々が押し合いへし合いしながら行き交う。あちこちから聞こえてくる声の半分くらいは、日本語以外の言語だ。いろいろなものが秩序なくごった煮のように同居しているこの空間は映画「ブレードランナー」に出てくる街の描写そっくりで、今にも「二つで十分ですよ!」というあの有名な台詞が聞こえてくるようだった。探していたスパイスはすぐに見つかったので、買ってまた地上に戻った。

当初の予定ではそこからずっと歩くつもりだったが、傘を差してこの雑踏の中を歩くのは骨が折れそうだったので、電車に乗って秋葉原まで移動。少し電気店を見て回ってから、神保町の方へ歩き出す。このころにはようやく雨がやんで歩きやすくなった。ニコライ堂に寄り道したりしながら夕方に書店街にたどり着く。三省堂の地下にあるドイツ料理屋で夕飯。9時頃帰宅した。

東京へ移動

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今日からの連休は、2泊3日で実家に帰省することにした。朝8時半のバスで出発し、9時42分広島始発の新幹線に乗る。自由席車両は相当混雑しており、岡山を過ぎたあたりでは座れない客が通路を埋め尽くしていたが、新大阪から先は少し余裕も出てきていた。

2時頃に東京駅に到着。今日は実家へ帰る前に、学生時代にピアノサークルの同期だったY君の家にお邪魔させてもらう。彼と会うのはおそらく去年の年明け以来だ。以前は彼の家を訪れるとチェスやピアノや折紙といった趣味の話になることが多かったが、昨年末に彼の家では赤ちゃんが生まれており、今回は当然ながらその子が話題の中心だった。3時頃にお邪魔して6時頃に失礼するまで、赤ちゃんを抱かせてもらったりしながら4(+1)人で楽しく語らう。赤ちゃんもあまりぐずることなく、終始お利口にしていた。

夕方、雨の中Y君の家を後にする。7時半頃実家に到着。

兜を折る

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OrigamiKabuto2.jpgOrigamiKabuto1.jpg折紙で兜を折ってみた。先月から少しずつ折り続けていたものである。紙の大きさは30cm×30cmで、フランスの折紙用品のネットショップで購入した紙を用いている。モデルの作者は吉野一生氏。将来を期待された新進気鋭の折紙作家であったが、ガンのためにわずか32歳でこの世を去った悲運の人である。死後に作者の作品をまとめた折紙作品集「一生スーパーコンプレックスおりがみ」が刊行された。本作もその中に収録されている作品である。

吉野作品は非常に難しいという話を聞いていたので覚悟を決めて折り始めたのだが、沈め折りのような技術的に難しい工程はそれほどなく、先へ進めずに立ち往生するということはそれほど起きなかった。ただ折り幅や角度などを適当に決める「ぐらい折り」がときどきあって、折図の通りに進めたつもりなのに、いつの間にか違う形になってしまっているということがあった。もっとも、これはこちらの技術に問題があったからかもしれない。

折紙の兜というと、子供のころに新聞紙か何かで折った経験がある人も多いのではないだろうか。本作も造形は立体的なのだが、できあがりの幅が18cmくらいになってしまった。これでは幼児が頭にかぶるにしてもさすがに小さすぎる。できれば60cm四方くらいの紙でもう一度折ってみたい。

吉野氏の作品には他にも魅力的なものが多いので、いずれ別の作品にもトライしてみたいと思う。

(折紙モデル:「兜」、吉野一生「一生スーパーコンプレックスおりがみ Part1」(おりがみはうす)所収)

連休の谷間

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朝から急な会議が入り、早めの出勤。まだだいぶ先だが、また一つ仕事が増えることになりそうという話だった。仕事を一つ片づけると別の仕事が一つか二つ入ってくる。いつもこんな調子だから、ひたすら忙しくなるばかりだ。仕方のないこととはいえ、困ったものである。

今日の午後は線形代数学の講義があった。連休の谷間で、少し休んでいる人もいるかなと思っていたが、出席をとってみると何と一人も休むことなく全員出席。今の学生さんは真面目である。もっとも、出席していればいいというわけではないのが難しいところだ。

2014年7月

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