Leonid Kubbel's Endgame Study No.176

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底本では7手目からのラインが並置されていたが、ここでは棋譜再生の都合上、片方をメインラインとして扱っている。駒数の多い初形は洗練されているとはいえないが、絡まった糸を少しずつ解きほぐすように捨駒を連鎖させながら、フィニッシュのPの成り分けに持って行く流れは鮮やかだ。このように捨駒によって次の捨駒が可能になる構成は、詰将棋の世界における久留島喜内の創り方を彷彿とさせる。

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このページは、natsuoが2012年5月25日 23:35に書いたブログ記事です。

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