滑る鍵盤

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最近は、朝出勤する前に少しだけピアノを弾くのが日課になっている。演奏会までもう3週間ちょっとしかないのに、こう毎日忙しくてはろくに練習もできない。今の生活で一番落ち着いてピアノに向かえるのはいつかと考えたら、実はこの時間帯だったのだ。もっとも、ピアノといっても電子ピアノだし、ヘッドホンで2回か3回通して弾くくらいが精一杯である。時間にしたら30分にもならない。それでも、繰り返していると少しずつ指が曲を覚えていってくれるようで、それなりに意味はあるように思う。

電子ピアノの蓋を開け、冒頭の部分を弾き出すと、指がときどき滑ることがある。黒鍵を弾こうと指を持っていくと、スルッと滑ってその隣の白鍵に落ちてしまうのだ。練習を始めた最初の数分間に多く、しばらくすると指が鍵盤に吸い付くようになってくる。直前まで皿洗いをしていることがあるので、もしかしたら洗剤の成分がわずかに残っていて手が滑りやすくなっているのかもしれない。

鍵盤が滑るということで思い出すのは、ホロヴィッツを始め一流ピアニストが弾くスタインウェイピアノの調律師をしていたフランツ・モアが、自身の著書で書いていたエピソードだ。本を実家に置いてきてしまったので細部は覚えていないのだが、確かモアがルービンシュタインのリサイタルに同行したときのことだったと思う。すでに客席に客が入り、あとは本人が出て行って演奏するだけ、というときになって、舞台に置いてあるあのピアノは鍵盤が滑って弾けないから何とかしろ、とルービンシュタインがモアに言ってきた。モアが直前に鍵盤を拭いたのがいけなかったらしい。しかし開演を待つ客がいる目の前で、あれこれメンテナンスをする時間はない。困ったモアが考えた窮余の一策は、ヘア・スプレーを持って行って鍵盤に吹き付けることだった。舞台に一人で出ていって、鍵盤に向けてシューッ、シューッとやったのである。これが思いの外うまくいき、ルービンシュタインも上機嫌だったので、それ以後モアはヘア・スプレーを持ち歩くようになったという。

ただ、うちでこのアイディアを実行するのはやめておこう。ピアノはスタインウェイではないし、私もルービンシュタインではない。

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このページは、natsuoが2012年5月16日 23:44に書いたブログ記事です。

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