プロコフィエフの抒情性

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午前中は家でゆっくりしていた。ピアノはまたプロコフィエフの「シンデレラ」を少し。なかなか難しくて譜読みが全然進まない。技術的にさほど困難ではない箇所でも、例えばゆっくりとロマンティックに歌い上げるようなところでも、プロコフィエフらしいみずみずしい抒情性がなかなか演奏から立ち上ってこないのだ。ラフマニノフやスクリャービンはこれまで何曲も弾いてだいぶ感じがつかめているが、同じロシア系であってもプロコフィエフの曲の美しさはちょっと違うところがあるように思う。ラフマニノフの抒情性はどの部分を切り出して弾いてみても匂い立つようで、ある意味では非常に分かりやすい。しかしプロコフィエフのそれは、局所的に眺めてみているうちは、ともすれば無機質に感じられることがある。曲全体をまとめて鑑賞したとき、先ほどは分からなかった例えようもない美しさが突如現れてくるのだ。近づいて見るとただのドットの集合なのに、遠くから眺めるとモナリザが浮かび上がるような感じだろうか。もっともこれは現時点での個人的な印象なので、練習が進めばまた感じ方も変わるかもしれない。

午後は床屋に行って髪を切り、それから街中に出かける。今日は一日雨が降ったりやんだりだった。今年の梅雨は全く実に梅雨らしい。買い物をして夕方には帰宅した。

明日は早朝に家を出て、松本での詰将棋全国大会に参加するつもり。

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このページは、natsuoが2012年7月14日 22:21に書いたブログ記事です。

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