2019年12月アーカイブ

大晦日

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大晦日。朝方は雲が多かったが、やがて日が差すようになった。お昼をすませて一服していると、近くに住む妻の兄の一家がやってきて一気に賑やかになる。義兄のところの男の子二人とうちの上の娘は、もう何度も会ってすっかり打ち解けて話せるようになり、今日もあれこれやって大はしゃぎだった。夕方からみんなで駅前の店に買い物に出かける。夕飯はその店で買ってきたお寿司で、それが終わってからは年越しそば。たらふく食べてお腹いっぱいになった。義兄一家は8時過ぎに帰って行ったが、明日もまた来てくれることになっている。

2019年も何とか終わった。家族がまた一人増えたというのが、やはり一番大きなできごとだったと言っていいだろう。来年もいろいろなことが起こりそうだが、少しでもよい年であることを願ってやまない。

それでは皆様、よいお年を。

神戸に移動

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今日から正月2日まで、3泊4日で神戸にある妻の実家に滞在する。二人目の子がまだ小さいのでどうするか少し迷ったが、車で行くなら何とかなるだろうと決行することにした。

午前中のうちに荷物をまとめ、12時半くらいに家を出た。ただ、まず銀行のATMに立ち寄る用事をすませたり、下の子のおむつを広い場所で取り替えるためにいったん家に戻ったり、ガソリンを給油したりなどとあれこれやっていたため、実際に高速道路に入ったときはもう1時半近くになっていた。道中、幸いなことに渋滞は全くなかったが、全行程を通して濃い霧が発生しており、場所によってはホワイトアウトと形容したくなるほどに視界が真っ白だった。また、対向車線は事故渋滞でかなり長い距離に渡って車がつながっていた。あんなのに巻き込まれたら大変だ。年明けの復路が少々心配ではある。

5時40分頃、無事神戸の実家に着く。下の娘は出発から到着までほとんど眠っていてくれたので、全くと言っていいほど手がかからなかった。

下り坂の天気

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昨日はよい天気だったのに、また今日は下り坂。今月は下旬に入ってからどうも天候が安定しなくなった。気のせいかもしれないが、天気が悪いと頭が重くてあまり調子が出ないような気がする。

今日は午後に近所のアウトレットモールへ出かけた。明日から妻の実家へ里帰りする予定なので、そのお土産などを購入。建物の中はどこもかなりの人出で、駐車場も車でびっしりだった。

明日は長丁場の運転になる。車が代替わりしてから初めての長距離運転だ。いつも以上に慎重に臨もう。

今日から年明け5日までは、文字通りの冬休み。夕方にちょっと買い物に出たほかは、ずっと家でのんびり過ごした。

子どものころ、天体観測や星空観察が第一の趣味だった自分にとってちょっと気になるのが、オリオン座の1等星、ベテルギウスに関するニュースだ。すでに星の一生において最終ステージにいるこの星は、10月以降急激に暗くなってきているという。ベテルギウスのような赤色超巨星は、超新星爆発と呼ばれる凄まじい大爆発を最後に起こすとされており、急な減光はそれが近い兆候ではないかというのである。ひとたび超新星爆発ともなれば、満月並みの明るさで数ヶ月輝くという。その後はどうなるのか定かでないが、おそらく今のベテルギウスの位置には明るい星は見えなくなってしまうのではないか。太古の昔からずっと今の姿のままだった星座の姿が変わってしまうわけで、もしそうなればこれは大事件である。

おそらく、超新星爆発がもうすぐ起きることは確かなのだろう。しかし、時間のスケールが桁違いの天文学においては、明日であっても1000年後であっても「もうすぐ」の範疇に入る。ベテルギウスの超新星爆発が近いということは何年も前からときどき言われてきていることであり、今回もあまり騒ぐことではないのかもしれない。それでも、もしかしたら、という気にはなる。今、ベランダに出て夜空を見上げたが、オリオン座の右肩はまだ大丈夫だった。

妻が歯医者に出かけたため、家で留守番をしていた。珍しくお昼ご飯を一人分用意することになったので、ずっと前から一人分だけ使い残して放置されていたリングイネを見つけ出し、2週間前につくったばかりのカルボナーラをもう一度やってみる。ところが、思わぬところでちょっと失敗してしまった。リングイネは元々入っていた袋ではなく金属製の容器で保管していた。そのため本来のゆで時間が分からなくなってしまい、適当にやったらまだ芯が残っていたのだ。そういえば、リングイネは結構時間がかかるのだ。湯を捨てる前にちゃんと確認するべきだった。

今日は風が強く、日が出ているのに急に雨が降ってきたりする荒れた天気の一日だった。普段よりは早めに保育園に行って娘を迎えてくる。これで今年の保育園行きも最後ということで、帰り際には園児たちからも「よいおとしをー!」と言われた。いよいよ年の瀬である。

ひげそりの傷

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いつも朝は、子どもを起こす前にひげを剃る。洗面台にお湯を張り、シェービングフォームをあごにまんべんなく塗ってカミソリを当てる。毎日やるルーティンだが、ここ最近は前より丁寧にゆっくりやるようになった。というのも、今月に入ってから、カミソリであごを切ることが妙に増えたためだ。たまにやってしまうことは以前からあったが、このところどうも頻度が高い。あごのあちこちに血痕ができてしまうため、見た目がどうもさえないことになった。これ以上傷だらけにならないように、かなり神経をとがらせてカミソリを動かしている。なぜ失敗が増えたのかよく分からないが、空気が乾燥していることが関係あるのかもしれない。

あちこちにかさぶたのあるあごを見ながら、大学生のときに複素解析の授業を担当されていたK先生のことを急に思い出した。K先生が初めて教室に入ってきたとき、頬に絆創膏が貼られていた。それだけなら、どうということはない。ところがその次の週も、またその次の週も、いつも絆創膏が貼られている。しかも、その場所が毎回変わるのである。2枚、あるいは3枚貼られていたこともあった。学生の中には、授業前に先生を待っているとき、いつしか「今日の絆創膏」を予想する人が現れ始めた。「今日は左1枚」「いや、前回左だったから今日は右2枚だろう」などと言い合っていたのだから、何とも失礼な話である。

当時は、ひげそりでそんなに頻繁に頬やあごを切るとは思えず、あれはいったい何なのだろうといぶかしく思っていたこともある。鏡に映る自分の顔を見ながら、何のことはない、こういうことだったのではないか、と今になって思っている。

仕事納め

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クリスマスの朝。サンタからプレゼントをもらって上の娘はご機嫌だった。保育園は今日はお休みにしたので、一人で出勤する。卒業研究に取り組む4年生と少し話したほかは、ずっと自室で過ごした。昨日まではいろいろたまっていた仕事を片づけるのに精一杯だったが、やっと今日は少し研究関係に時間を費やすことができた。

明日と明後日は休暇をとることにし、今日を仕事納めとした。例年と比べると少し早めだが、年休を着実に取ることが推奨されているので、勤務先では明日から休みに入る人が多いようだ。年明けの仕事始めは1月6日からの予定。

クリスマスイブ

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昨日はいろいろあって慌ただしかったが、講義の類いはこれで今年はすべて終了した。今日は午前中、4年生の卒業研究の様子を見せてもらう。各自これからは追い込みの時期だが、年末年始にある程度進めておいてくれれば何とかなるだろう。午後は残っていた仕事をいくつか片づける。出勤は明日までで、木曜からは年末年始の休みに入る予定。

今夜はクリスマスイブということで、妻が夕飯に鶏の丸焼きを、さらに食後にガトーショコラを用意してくれていた。上の娘がガトーショコラとアイスクリームを合わせて食べようと提案し、その通りになったのだが、甘党でない自分にはちょっとボリュームがありすぎたようだ。結局、アイスはちょっと食べたところで冷凍庫に戻ることになった。

上の娘はいつもの時間に床に就き、下の娘もうまい具合に寝ついてくれた。さて、あとの準備は万端だ。

忙しい一日

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今日は忙しかった。ただでさえ、月曜日は午前中に大学院の講義、夕方に教職科目の講義があって慌ただしい。今日はそれに加えて午後に会議が一つ入っており、ゆっくり一息つけるタイミングがあまりなかった。とはいえ、今日を乗り切ったことで、今年は先が見えてきた。あとは4年生の卒業研究の面倒を見ればよいだけだ。

朝は久しぶりに青空が広がっていたのだが、帰るころはまたもや雨。どうも少し前から天気が安定しなくなってきた。天気予報によれば、明日もからりと晴れるというわけにはいかないようだ。

雨の冬至

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本日は冬至。今日も曇り空で、やがて雨が降り始めた。今は生後3か月の子がいるのであまり遠出はできないが、そうでなくてもこんな雨の降る肌寒い日には、行楽に出かけようという気にもならない。それに、何だか少し頭も痛かった。もしかしたら、この陰鬱な天気も影響しているのかもしれない。

そんなわけで、先日壊れた弁当箱の代替品や上の子の衣類などを近所の店で買ってきたほかは、ずっと家で過ごした。

ののさま

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今日は昨日までよりやや気温が下がったようだった。とはいえ、例年と比べればまだ寒さが緩いように思う。この分だと、今年も雪はあまり降りそうにない。

最近、上の娘が保育園で覚えた歌をよく歌っている。「ののさまでーすーねー」と何度も繰り返すのだが、聞いたこともないし歌詞の意味も分からず、広島ローカルの歌なのだろうかと最初は思っていた。実はこの年になるまで全く知らなかったのだが、「あんよ」や「おんも」のような幼児言葉として、神様や仏様など尊いものを指す「ののさま」という言葉があるのだ。娘が通う保育園は仏教系であり、「ののさま」が登場する歌がよく歌われているようなのである。宗派によってはまた別の言い方をすることもあるようだ。自分にはなじみがなかったが、「ののさま」がどれくらい人口に膾炙した言葉なのか、ちょっと知りたい気もする。

今日もどんよりとした曇り空。今週に入ってからは天気の悪い日が多い。

6時を過ぎ、そろそろ帰ろうと洗いかごで乾かしていた弁当箱を片づけようとしたら、本体と結合するために蓋についている蝶番の部品がパキッと折れてしまった。数日前にこの蓋を落としてしまったので、そのときにひびでも入ってもろくなっていたのかもしれない。特に力が入っていたわけでもないのに、まるで枯れ葉がはらりと木から落ちるようにあっさりいってしまった。この部品がないと蓋を取りつけることができないので、もう使えないだろう。

この弁当箱は、2014年11月から使い続けていたもの。5年でダメになってしまったわけだ。もっともこれは3代目で、初代は購入後1か月、2代目は3年くらいで壊れてしまったから、それに比べたら長持ちしてくれたともいえる。この間落とさなければ、まだまだいけただろう。

週末に4代目を買ってくることになりそうだ。

講義と添削

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しばらく晴天が続いていたが、昨日からさえない空模様になっている。昨日は一日中霧の中にいるようで、遠くの景色が全くと言っていいほど見えなかった。今日は少し落ち着いたが、まだ雲は厚い。湿気も高いようだ。ただ気温は高めで過ごしやすかった。

今日は午前中に線形代数学の講義。これで今年の分はすべて終了。次回は新年の1月8日になる。授業の終わりに「ではよいお年を」と言ったが、この台詞を言うシチュエーションが現れ始めると、いよいよ残り少なくなってきたなと実感する。

午後は4年生の卒業研究の原稿を添削することに時間を費やした。今年のうちにある程度めどをつけておきたいところだ。

ほぼ通常通り

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午前中に大学院、夕方に教職科目の講義。ホワイトボードに休みなく書いていきながらしゃべり続ける。先週は喉の調子が悪くて少ししゃべりにくかったが、今日はほぼ通常通り。少し痰がからむ感じは残っているものの、あまり意識しないくらいに回復した。

妻が職場の忘年会に少しだけ顔を出すことになっていたので、夕方の講義が終わると急いで勤務先を出る。普段の月曜日より20分ほど早く帰宅した。

新しい腕時計

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今日も青空の広がる穏やかな天気の一日だった。

午後から近くのアウトレットモールに出かけた。いくつか訪れるつもりでいた店の一つが、腕時計のアウトレットショップ。少し前にも書いたが、広島に来る前からずっと使い続けていた腕時計が、電波時計であるにも関わらずずっと20秒遅れた状態を保つという奇妙なことになっており、ちょっと気になっていた。実用上はそれほど困らないとはいえ、せっかくならぴたりと合っていた方がよいのは間違いない。

店に入ってショーケースを眺めてみると、事前に目星をつけておいた製品が運よく置いてあり、しかもクリスマスセールで少し安くなっていた。機能の点でも見た目についても、特に気になるところもない。まあせっかくだからと、パッと購入を決めてしまった。今年は二人目が生まれたり車を買い換えたりと、いろいろな節目の年になっている。腕時計の代替わりの年ということにしてもよいだろう。何せ15年以上は使ったのだから、罰は当たるまい。

RuccolaPasta.jpgRuccola.jpgベランダのプランターで栽培しているルッコラは、先月にまとまった量を摘み取って使ってからはずっと育成を続けてきた。寒くなってからは葉が大きくなるスピードが落ちたが、それでも3週間経って食べごろの葉がだいぶ増えてきた。そろそろあの苦みをまた味わってもいいころだ。

昨日カルボナーラをつくったばかりなのだが、また今日もパスタにしてしまった。定番であるルッコラと生ハムのパスタを一度はやっておきたかったのだ。今回は唐辛子も少しだけ刻んで辛みも加えた。ニンニクと唐辛子を炒め、ゆでたパスタとともにルッコラと生ハムを入れるだけなので、料理というほどのこともない。少しくらい手を入れようとほんの少し塩を振ったが、これは余計だったかもしれない。というのも、生ハムの塩気がかなり強かったからだ。ルッコラのの苦みと唐辛子の辛みも加わり、全体的に味がきつめになってしまった。生ハムを入れるときは安易に塩をせず様子を見た方がよい。次回への申し送り事項である。

Carbonara.jpg今日は休暇をとって家にいた。年休はまだたくさん残っているので、休みが取れそうなときに少しずつ消化していかないといけない。

お昼は久しぶりにカルボナーラをつくってみた。好きなパスタの一つなのだが、やってみたのはおそらく5月以来になる。間隔が空いたのは、クリーム系のパスタはあまり好きではないと長女が言うためだ。もっとも、自分のつくるカルボナーラには、生クリームは使っていない。卵のみである。卵黄だけ使ってつくってみたい気もするが、余った卵白の使い道に悩みそうなので、結局やっていない。

卵が固まることもなく、まあまあそれらしくできたように思う。またそのうちつくってみよう。

電気羊の夢

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鼻水は昨夜がピークで、一晩寝たら少し状態はよくなった。扁桃腺の腫れに痰のからみ、鼻水と一通りやったから、そろそろ終わりに近づいていると思いたい。

「ブレードランナー」について先日少し書いたので、せっかくだからあらためて原作をちゃんと読んでみようと思い立ち、ここ数日は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んでいた。脱走したアンドロイドを「廃棄処分」する仕事を請け負う主人公が、警察の依頼を受けて火星から逃げてきたアンドロイドたちを追う。このストーリーの根幹は同じだが、映画と比較してみると細かい部分ではかなり違っている。原作では、ほとんどの動物は地球上ですでに絶滅しており、その結果として本物の動物を飼うということが社会的地位の象徴になっている。また、この時代の人間が信仰する宗教としてマーサー教なるものが登場し、ストーリーの後半では重要な役割を果たす。こうした設定は、映画ではバッサリ切り落とされていた。しかしもう映画のイメージがすっかり染みついてしまっているので、読みながら主人公のデッカードの様子を想像しようとすると、どうしてもハリソン・フォードの顔が浮かんできてしまった。

それにしても、多くの動物が絶滅してしまっている未来というのは、それほど非現実的でもないような気がする。自分がもっと年をとったころの世界は、果たしてどうなっていることか。

喉から鼻水へ

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昨夜は声が少し出にくくなったような気がしたので、今日の講義がどうなるか少々心配していた。聞き苦しい声で1時間半しゃべり続けることになるかもしれないと危惧したのだ。しかし幸い朝には状態はよくなっており、講義もほぼ普段通りの調子で行うことができた。

これで収束に向かうのではないかと期待していたのだが、帰宅して夕飯を食べるころくらいから、急に鼻水が止まらなくなってきてしまった。今夜は早く寝よう。

一晩寝て、喉の調子は少しよくなった。妻も昨日より声が出るようになったようだ。ただ、扁桃腺の腫れから痰のからみに症状が変化してきたかもしれない。無理はしないのが賢明だろう。

先日、「ブレードランナー」のことを書いたが、あの映画で妙に印象に残るのが、冒頭でハリソン・フォードが怪しげな屋台みたいな店で店主とやりとりするシーンである。
屋台のおやじ「いらっしゃいいらっしゃい。さあどうぞ、何にしましょうか?」
ハリソン・フォード(カウンター上の何かを指差し) "Give me four."
おやじ「二つで十分ですよ!」
フォード "No. Four. Two, two, four."
おやじ「二つで十分ですよ!」
フォード(無視して)"And noodles."
おやじ「分かってくださいよ!」
いったい何が二つで十分だというのか、当初公開されたヴァージョンでは写されない。だからますます気になるのだが、だいぶあとになって世に出た「ファイナル・カット」という新版では、丼に深海魚みたいな気色悪い魚が2匹のっているシーンが入っていた(初めて見たときは映像が暗くてエビか何かに見えたのだが、実際はそんなおいしそうなものではなかった)。なるほど、これなら確かに二つどころか一つでも十分すぎると思わせるような代物だった。

最近になって、もう一つ分かったことがある。屋台のおやじの「分かってくださいよ!」というのが、会話の流れとしては何だか奇妙に思われて仕方がなかったのだが、どうもあれは「まかせてくださいよ!」と本当は言っているらしいのだ。それなら会話として違和感がないし、その後におやじが出した丼に怪魚が2匹だけである事実ともつながる。最初に見てからもうずいぶん経っているのに、未だに楽しめるシーンである。

喉の違和感

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起きてみると、やや喉に違和感がある。扁桃腺が少し腫れているようだ。妻も声が出にくくなっている様子。就寝時の空気の乾燥には気をつけていたつもりだが、今の時季は仕方がないのかもしれない。

月曜日は2コマある。喉が万全でない状態でしゃべりすぎるとますます調子が悪くなるかもしれないと心配だったが、やってみたらさほどでもなかった。もっとも、午前中の大学院生向け講義では、用意したペンがどれもインクの出が悪くて困った。かすれたのは、声ではなくてペンだったというわけだ。夕方の教職科目では、逆にペンのインクの出がよすぎてシンナー臭がきついのに閉口する。ホワイトボード用のペンは、まだまだ品質改善の余地があるように思う。

幸い、今日のところは喉の違和感以外にとりたてて症状は出なかった。明日は講義はないので、少し喉を休めたい。

Puttanesca.jpg季節はもう初冬。寒いが天気はよい。午後から食料品店と衣料品店を回り、最後に近所のスーパーで買い物をして帰ってきた。

夕飯のいいアイディアが思いつかず、妻とスーパーの売り場の前でしばし逡巡していたのだが、こういうときはあれでいいや、ということになり、帰宅後にプッタネスカをつくった。前につくったのは8月。ニンニク、オリーブ、ケイパー、アンチョビ、トマト缶はたいがい常備しているので、思い立ったときにすぐつくれる。何をつくるか考えがまとまらないときは、駆け込み寺のような存在だ。

その気になればいつでもできる、というレパートリーをもう少し増やしたい。

寝かしつけ

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昨日は長女を寝かしつけようとして、そのまますっかり寝入ってしまった。もともと、その前の日の睡眠があまりうまくいかず、頭痛が消えない低調な一日だった。身体が睡眠を欲していたのだろう。はっと気がついたらもう午前2時過ぎ。歯みがきとトイレだけすませてまた床に就いた。

結果的にたっぷり睡眠をとることができ、今日はだいぶすっきりすることができた。今日はお昼を食べてから保育園に赴き、卒園アルバム作成のためのミーティングに出席。2時間くらいで終わった。次は2月に集まることになりそうだ。

勤務先では、お昼に自分の居室で弁当を食べたあとにエスプレッソを一杯楽しむことがすっかり習慣になっている。以前は夏の間はお休みしていることが多かったが、今年は結局、出勤した日のほとんどで飲んでいた。一杯一杯はデミタスにちょろっと入っているだけだから大したことがないが、累計すれば結構な量になっているかもしれない。

Cafepods.jpgエスプレッソを抽出するには、極細挽きにしたコーヒー豆をエスプレッソマシンにかける必要がある。昔は挽いた豆を直接セットしていたが、今は専らカフェポッドだ。これによって使用後の洗浄が非常に楽になった。準備と片づけが簡単ということは、何事を続けるうえでも非常に大事なポイントだ。

カフェポッドは、主にイタリア製のものをあれこれ取り寄せては試している。いつも買ったうちの数個を賞味期限ぎりぎりまで保存しているので、コレクションがだんだん増えてきた。今手元にあるのはIlly, Musetti, Miscela d'oro, Caffè Velani, Caffè Quito, Caffè Passalacquaなど。正直なところ、舌が鈍感なもので、このブランドはこんなテイストと明確に味わい分けられているわけではない。それでも抽出スピードやクレマの色などが、メーカーによって少しずつ違うのは確かなようだ。今ちょっと気に入っているのは、Caffè Passalacquaというナポリのブランド。ついこの間まで存在すら知らなかったが、クレマが濃厚で、味に深みがあるような気がする。イタリアにはまだまだ聞いたこともないコーヒーロースターがたくさんあるようで、何とか手に入れていろいろ味わってみたいと思っている。

水曜日なので、午前中は線形代数学の講義。午後は主に採点をして過ごした。

もう12月になって数日が経ってしまったが、先月、つまり2019年11月というのは、映画「ブレードランナー」で設定されていた年月だった。冒頭のクレジットが終わると、"LOS ANGELES, NOVEMBER 2019 " と表示されるのだ。そしてその後、暗闇から噴き出す炎が写り、直後にロサンゼルスの夜景が浮かび上がる。そしてそこにVangelisの音楽が流れる。あの冒頭だけで引き込まれてしまう。人種も国籍も、言語も文化も装いも、何もかもが入り乱れて雑然と放り込まれたまま存在しているあの世界観は魅力的だったし、何とも言えないリアリティがあった。

久しぶりに、映画を見返してみたくなった。

左利きの割合

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今日は、自分が担当していない科目で中間試験が行われることになっており、その試験監督の応援を頼まれていた。1時からだったので、お昼をすませるとすぐその試験が実施される教室へ赴いた。

試験が始まり、受験者が一斉に筆記用具を手に取って答案を書き始めたとき、どれくらいの人が左手で書いているかをチェックしてみた。試験監督をしているときによく観察しているのだが、たいていは1割弱くらいの人が左手を使っている。今日は73名くらい学生がいたので、左利きは5,6人というところかと予想していた。しかし実際には、左手に筆記用具を持っていたのは最前列の教卓の前に並んだ二人だけ。2/73は、比率としては結構低めだ。

かくいう自分も左利きだが、なぜ1割程度の人間が左利きになるのか、どういう要素が利き手を決めるのかが未だによく知られていないというのも、何とも不思議な話である。自分が生きているうちに、そのへんのメカニズムが解明されないだろうかと期待している。

講義が二つ

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先々週から、月曜日は教職科目を担当するようになっているが、今日からはそれに加えて大学院の科目の担当も始まった。用意した講義ノートを元に話せばよいとはいえ、秋には何もなかったのに2コマやらなければならないとなると、ずいぶん忙しくなったように感じる。今日はほかにもいろいろあって、先週の中間試験の採点を全く進めることができなかった。明日は何とか少しでも前進したい。

車の運転は、まだ少しずつ身体を慣らしていっている段階。一番勝手が違うのは、手で引き揚げていたサイドブレーキがペダルに変わったことで、これはまだ頭で考えながらやっている感じ。身体が勝手に動くようになるのは来年に入ってからだろう。

製本ミス

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Tsumepara.jpg幸い、歯痛はほとんど何も感じなくなるくらいまでに回復した。長期的にはどうなるか分からないが、今回はこれで一段落ということになりそうだ。

今日は妻もやや風邪気味だったし、昨日いろいろあって大変だったので、ずっと家でのんびりしていた。夕方に長女と二人で出かけて近所で買い物。まだ新しい車に身体が慣れておらず、一つ一つ動作を確認しながら運転した。

数日前に届いた詰パラ12月号を眺めていたら、終わりの方でページ綴じが乱れているのを発見。だいぶ前に同じページが二度印刷されてしまっている乱丁本が届いたことはあったが、こんなふうに製本時にページが折れ込んでしまったものは初めてかもしれない。ただ、以前に洋書で、紙が折れ込んだまま裁断されていたものを手に入れたことはあった。あのときのように、ページの開いた側が折れ込んでいるのは、「福紙」といっておめでたいものという扱いをされていると聞いたことがある。今回の詰パラのような綴じミスはどうなのだろうか。

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