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間違った楽譜

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昼下がり、妻が電子ピアノを弾き始めた。演奏会に出る予定があるというわけでもないので、文字通り気晴らしである。弾き始めてすぐ、何だか音が変だと思い、譜読みを間違えているのではと指摘すると、いや合っているという。楽譜を見せてもらうと、何が原因かが分かった。何と、ト音記号が書かれているべきところにヘ音記号が書かれていたのである。これでは音がおかしくなるわけだ。妻も弾いていて違和感はあったが、まさか楽譜が間違っているとは思わなかったらしい。

誤植のあった楽譜は、古今東西の有名曲を集めてきた「ピアノ名曲集」の類だった。個人的な印象では、この手の楽譜は校正が不十分なことが多くて、結構こういう誤植が残っているような気がする。以前、ラヴェルの「古風なメヌエット」を練習していたときにも同じようなことがあった。最初は家にあった名曲の寄せ集めの楽譜集に載っていた譜面を見ていたのだが、曲の途中で複数の音が大きく間違っていることにあとから気づいたのだ。あわててちゃんとした楽譜を買い直したが、いったん覚えてしまった音を修正するのは少々面倒だった。やはり、楽譜はまともなものを選びたい。

最近、車の中でかけているCDがある。カプースチンのピアノ曲集である。カプースチンのピアノ曲を初めて聴いたのは、おそらく大学院生のときだった。重厚なロシア風の和音がジャズと結びつくとここまでかっこよくなるのか、と衝撃を受けたものだ。エチュードを頑張って練習したことはあったが、自分のような下手くそでは到底あのかっこよさを再現することはできず、人前で演奏したことはない。当時聴きまくっていたのは2枚の自作自演集で、特に1枚目の演奏会用エチュードやピアノソナタ第1番は何度聴いても飽きることがなかった。もう15年以上前の話である。

なぜ今になってまたカプースチンを聴いているのかというと、新しく録音されたCDが先月発売されたからだ。しかし、今度は弾いているのは作曲者ではない。自分が学生時代に所属していたピアノサークルで同期だったU君である。当時から彼は生きる伝説だったが、とうとうCDデビューまで果たしてしまった。もちろん、演奏は当時の切れ味そのままだ。迫り来る音の波に圧倒されてしまう。これだけの演奏ができる人はなかなかいないだろう。

学生時代、ピアノスタジオを二人で訪れて、一対一で演奏を聴かせてもらったことも何度かあった。今から思うと、何とも贅沢な時間を過ごしていたものだと思う。あれからずいぶん時間が経ったのだなと、車内に流れる快演を楽しみながら思わずにはいられなかった。

電子ピアノの蓋

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先月、電子ピアノを和室に移動させた。それまで置いていた部屋はとにかく冬は寒く、どうしても足が遠のいてしまっていたのだが、今はいつも目に入る場所にあるから、自然と鍵盤に向かう機会も増える。このところ滅多に練習しなくなってしまっていたのだが、今年は少しは弾くようになるかもしれない。

ただ、ここへ来て一つ問題があることが分かった。数日前に電子ピアノの蓋を開けようとしたら、何だかちょっと開けにくいのである。蓋はスライド式で、本体の中に格納されるようになっているのだが、内部でこすれるようになってしまい、動かすのに少し力がいるようになってしまったのだ。買ってから10年以上になるが、この間まではこんなことはなかった。

原因はある程度思い当たる。電子ピアノは南西に面した窓に近い部分に置かれている。先日、ぽかぽかとした陽気の日に、西日がまともに電子ピアノに当たっていたことがあったのである。表面が熱くなっていることに気づいてあわてて障子を閉めたのだが、おそらくあのときの熱で木材が少し変形してしまったのではないか。季節が移れば太陽の位置も変わるだろうが、今の時期は夕方に日光が直射してしまう。当面は障子を閉めておくしかなさそうだ。これ以上変形が進まないことを願うばかりである。

昨日のことだが、家の中を少しだけ模様替えした。具体的には、電子ピアノの位置を変えたのである。これまでは、ずっと「書斎」に置かれていた。しかし最近はその部屋で過ごす時間が非常に少なくなり、書斎というより書庫か物置とでも呼んだ方がいいような状態になっていたのだった。部屋に行く頻度が低ければ、ピアノにふれる機会もどうしても少なくなる。どのみち時間は大してとれないが、せめて普段いる場所にあれば、もう少し気軽に弾けるようになるかもしれない、というわけだ。

最初はリビングに持ってくることも考えていたが、いろいろ置き場所を試してみて、結局和室の一角に置くことにした。アコースティックピアノほどではないとはいえ、その重さはかなりのものだ。二人がかりでうんうん言いながら少しずつ動かし、やっとのことで目的の場所まで運んだ。

電子ピアノを動かしてできたスペースには、新しい本棚を入れる予定。これが、今回の移動のもう一つの目的でもある。今ある本棚に入りきらず、そのへんに積み上がっている本がやっと収納できる。これで少し部屋が片づくことを期待したい。

出張三日目

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玉原出張三日目。昨日まで雨がずっと続いていたが、今日はやっと青空が雲間に見える清々しい天気になった。とはいっても、今日も午前、午後とひたすらセミナーハウスにこもって講演を聴く。夕方になってまた雲が増え始め、気がつくとまた雨が降り始めていた。山の天気は変わりやすい。

セミナーハウスにはピアノが置いてあり、誰でも自由に弾くことができる。もちろん講演中にさわる人はいないが、夕食後のひとときに何となく誰かが弾いてみることがある。そうするとピアノ好きの参加者が自然に集まってきて、音楽談義に花が咲くのだ。それにしても、数学者はピアノがうまい人が多い。自分は最近は全くと言っていいほどピアノに向き合う時間がとれなくなってしまい、まともに人前で弾ける曲もなくなってしまったが、今日ピアノを弾いていた方たちは、ベートーヴェンやシューベルトやショパンをいずれも完璧に弾きこなしていた。玉原へ来るたびに、普段からもう少しピアノを練習しておかないといけないなという気にさせられる。

サマースクールも折り返し点を過ぎた。明後日の最終日まで、何とか頑張ろう。

昼下がり、ちょっと時間ができたので、久しぶりに電子ピアノに向かった。鍵盤にふれたのはいったいいつ以来のことか。もしかしたら、今年に入って初めてかもしれない。数年前までは、半年に一度のペースで行われる演奏会に出ていたから、練習するモチベーションがあった。今は人前で演奏する機会もなく、加えて育児にほとんどの時間をとられてしまうので、何か弾こうと思うことすらほとんどなくなってしまったように思う。本当は少しずつでも練習していた方がいいのだが、今の状態ではなかなか難しい。

今日は、昔よく弾いていたフランス組曲のアルマンドを主に練習していた。ちゃんと弾けていたこともあったと思うのだが、今やってみると見事なくらいきれいさっぱり忘れている。そもそも指を動かしていなかったから、簡単なところでも動きがぎこちなくて錆びついた機械のようになってしまう。これは、元の状態に戻るまでにかなりのリハビリが必要なようだ。もっとも、その時間がとれるかどうかが問題である。

5分でもいいからときどきは鍵盤にふれるようにして、感覚を取り戻したいと思う。

このところ、出勤前に時間があれば少しだけピアノを弾いている。2ヶ月ほどにも少し練習していたときがあったが、結局あの後時間がとれなくなり、また休止状態になってしまっていた。演奏会に出演するというモチベーションがないうえ、今は空いた時間は子供の相手をすることが最優先になってしまうので、どうしてもピアノに向かうことは少なくなる。それでも、先月出張先で他の参加者の先生とスクリャービンの話をしたことで、またちょっと弾いてみようという気分になってきた。

スクリャービンのエチュードは私が最も好きな曲集の一つで、これまでに人前で7曲か8曲は弾いている。客観的にはどれもうまく弾けたとはいえないレベルだが、自分としては弾いた後の満足度も比較的高く、また弾いてみようと思わせてくれる曲ばかりだ。ここ数日は、Op.42-5と並んで最も有名なOp.8-12をやってみている。もちろん難しい曲ではあるが、数小節弾くだけでもほどよいストレス発散になるのだ。また時間がとれなくなってやめてしまうかもしれないが、できるうちは一日5分でもいいから練習していきたいと思う。

帰宅

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朝、出張先を出て広島に戻ってきた。天気はよく、横川に着いたときは暑いくらい。勤務先に着くとすぐ会議に出席する。長くなるとは思っていたが、予想通りたっぷり4時間かかった。さらにその後、急いで作らなければいけない書類があり、一区切り着いたのは8時過ぎ。さすがにもうくたくただ。

今回の出張で、T大のO先生と初めてじっくりお話しする機会を得たが、O先生が近現代のクラシック音楽に大変造詣が深いことが分かったのは収穫だった。何かの雑談をしていたときに、O先生が「スクリャービン」とおっしゃったのである。クラシックが好き、という人はいても、スクリャービンを語り合えることはそれほど多くない。すっかり意気投合してしまい、そこからは、メシアンだ、リゲティだ、とひとしきり盛り上がってしまった。最近はなかなかピアノに向かう時間をとれないでいるが、久しぶりにスクリャービンを練習してみようかという気もする。もっとも、時間をどうやって捻出するかが悩ましいところだ。

ピアノの練習

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先日、久しぶりにピアノの鍵盤に触った。ピアノといっても電子ピアノだが、ここ数ヶ月はほとんど弾いていなかったのである。やはり子供の相手をする時間が増えた分、どうしてもこういうところにしわ寄せが来てしまう。それに、昨年まで半年に一度出演させてもらっていた加古川ピアノ同好会の演奏会が、会員が皆多忙になったことから休止してしまった。練習するモチベーションが失われてしまったというのも大きい。

楽譜を追ってみようとして、やはりいろいろな能力が落ちていることに気づいた。元より下手の横好きでしかないが、手の回り方も楽譜の素早い読み取りも、以前よりますますうまくいかなくなっている。これは相当リハビリの期間が必要なようだ。しかし、その時間をどうやって捻出するか。3分でもいいから意識的にピアノに向かう時間をつくりたいところだが、今の生活ではまだなかなか難しい。

知人の訪問

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午前中のうちに一度出かけ、行きつけのケーキ屋でケーキをいくつか買う。戻ってお昼をすませるとまた出発。今日は京都にお住まいのKさんご夫婦が広島にいらっしゃるというので、自宅にご招待することになっていたのである。昨年はちょうど今ごろにこちらから京都のKさんのお宅にお邪魔しており、ホストとゲストが入れ替わったことになる。お二人はPTNAのコンペティションに出られるため広島にいらっしゃるとのこと。お仕事がお忙しくて地元での地区予選に出ることは断念されたものの、代わりに日程の都合がついた広島でのコンペに出ることにされたという。この熱心さ、ひたむきさは本当に頭が下がる。

コンペは最初に出演する部門が1時頃にいったん終わり、4時頃から次の部門が始まるということだったので、その合間の時間に来ていただくことになった。1時過ぎに会場でお二人を乗せ、急いで自宅へ。1時半過ぎに到着し、それから1時間半ほどあれこれお話しする。娘の顔も見ていただいたが、それほどぐずることもなくよい子にしてくれていてホッとした。3時過ぎに再びお二人を車に乗せ、コンペ会場へ。会場の脇でお二人を降ろしてそこでお別れした。何とも慌ただしいことになってしまったが、わざわざ広島にお越しいただく機会などなかなか訪れそうにないので、無理をしてでも来ていただいてよかったと思う。午後のコンペがうまくいったことを祈りたい。

最近はなかなかピアノを弾くことができないでいるが、たまにはKさんたちを見習って少し練習しようという気になった。

テレビで流れているのをふと聴いたり、あるいはふと思い出して口ずさんだりした曲のフレーズが、しばらく頭からこびりついて離れなくなってしまうことがある。テーマ曲のように頭の中で何度も演奏され、無意識のうちにハミングしてしまったりするのである。一度こういう状態になると、二、三日はその曲に支配されてしまうことが多い。そしてまたあるときに、ふとしたことから別の曲が脳内で流れるようになると、それまでのテーマ曲はどこかへ雲散霧消してしまうのだった。

ここ数日、頭の中で流れていたのはなぜか「ラプソディー・イン・ブルー」だった。どこかで流れていたのを聴いたわけでもないのに、どういうわけかあの有名なフレーズを口ずさんでしまう。何か別の似た曲を聴いたときに誘発されたのかもしれない。一昨日、詰将棋解答選手権の準備作業をしているときも、頭の中はあのお気楽なフレーズが鳴り響いていた。ところが次の瞬間、実際にそのメロディーが聞こえてきたのである。会場にはすでに解答選手権に参加する子が何人か集まってきていたが、その中の一人が持っていた携帯電話の着信メロディーが、何と「ラプソディー・イン・ブルー」だったのである。自分の頭の中だけで流れていた曲が突然外界とシンクロするというのはあまり経験がなく、何だか不思議な感覚だった。

今日はテーマ曲が置き換わり、車の中で聴いていた「クープランの墓」の「メヌエット」が何度も流れてくる。講義が終わった後も、ホワイトボードの板書を消しながら頭の中でハミングしていた。しかし、これが着信メロディーで聞こえてくることはさすがにないだろう。

最近、車の中ではブラームスをかけていることが多い。それも、珍しいことにピアノ曲ではなく、交響曲や管弦楽曲だ。特に意識して 聴こうとしているわけではなく、何となくCDをセットしてからずっとそれを繰り返し再生しているだけなのだが、久しぶりにじっくり鑑賞してみるとやはりなかなかいいものである。このところのお気に入りは「ハイドンの主題による変奏曲」。昔から2台ピアノのヴァージョンばかりよく聴いていたのだが、たまにはオーケストラで味わうのも悪くない。

ここ数日は、子供をあやすのにこのハイドンヴァリエーションの主題を口ずさむのが習慣になっている。ゆったりしていて、のんびりハミングするのに向いているのだ。もちろん、変奏の方には立ち入らないことが肝要である。

朝のピアノ練習

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最近、時間に余裕のある日は出勤前にピアノを弾くようにしている。以前もやっていた習慣なのだが、暑くなるころからは中断してしまっていた。このところは、がらにもなくショパンの前奏曲をいくつか譜読みしたりしている。1分程度の短い曲が多く、少ない練習時間でも何とか格好をつけられそうだからだ。とはいえ、そう簡単に弾けるようになるわけもなく、毎朝同じところを何度もたどたどしく弾き直している。

毎年この時期は加古川ピアノ同好会の演奏会が企画されており、それに出演することが練習のモチベーションになっていた。しかし去年あたりから常連出演者の欠席が目立ち始め、参加者があまり集まらなくなってしまったため、今年の5月を最後に演奏会はしばらく開かれないことになってしまったのである。せっかくの機会が失われてしまったのは残念だったが、自分も今のようにバタバタしている状況では、開催されていたとしても出演は難しかったのではないかと思う。

そんなわけで、今は人前で弾くことは意識せず、ただ自分が楽しむことだけを考えて練習している。目標を定めて猛練習するようなことはないが、弾けそうな曲の弾けそうな部分だけ楽しんだりすることもできるので、この方がかなり気が楽なのは確かである。

近頃、食品偽装のニュースが世間を賑わせている。どこぞのホテルが、やれブラックタイガーを車エビと称していたとか、やれブラジル産の鶏肉を地鶏と称していたとか、そんな話だ。毎日のように報道されるので、そろそろみんな飽きてきているようにすら見える。

一連のニュースに接するうちに思い出したのが、6,7年ほど前にクラシック音楽業界を騒がせたHatto Hoax事件のことだった。病を得て隠遁生活を送る謎の女流ピアニスト、Joyce Hattoが発表する名録音の数々が、実はほとんどすべて他人の録音の焼き直しだったことが後に判明したというスキャンダルである。オリジナルの録音もよく知っていたにもかかわらず、Hattoの演奏ほど素晴らしいものはないと絶賛していた多くのピアノマニアは、大変なショックを受けることになった。自分の耳が音以外の付加的情報に影響を受けてしまっていることが、これ以上ないくらいはっきりしてしまったからである。何か芸術的な作品を鑑賞し評価しようとするとき、その対象「のみ」を見ることは非常に難しいということ、むしろ諸々の付加的情報も含めて一つの作品となっているのだということを、この事件でいたく実感したのだった。

今回の一件、実際に使われているものと違う表示をしているというのはもちろんよくないことであり、改善されるべきだろう。特に、安全性が懸念されるようなものであったり、そうでなくても各個人が何らかの不安を抱くような食材が使われていたとすれば、そのことには問題がある。その一方で、単にブラックタイガーを高級な車エビだと思って食べていたという話自体は、ちょっとそれとは別であるように思われる。長い間その状態が続いていたということは、ほとんどの人は車エビの味だなあと感じつつブラックタイガーを食べていたのだろう。それでおそらく満足していたのだ。料理の評価は本来味だけで決まるべきと思いたくなるが、実際には我々は車エビのようなものを食べるとともに、車エビであるという情報も食べているのである。Hattoの件と同じように、そこを切り離すことはまず不可能なのだろう。

昨日のことだが、家をガス会社の人が訪ねてきた。ガス給湯器の調子が悪く、お湯はりをするとガタガタと不穏な音が鳴るようになってしまったので、対応をお願いしていたのである。すでにお盆前に一度様子を見に来てもらっており、これは機器を一通り交換した方がよいということになっていた。その作業が昨日行われたのだった。

給湯システムが新しくなり、お湯はり時のガタガタという音も聞こえなくなった。追いだきや温度調節をする操作パネルも新しくなった。もう一つ変わったのが、お風呂が沸いたときの音楽である。これまでは「峠のわが家」だったが、昨日から「人形の夢と目覚め」に変わった。実は自分の実家でも妻の実家でも、風呂が沸くと「人形の夢と目覚め」が鳴り響くのである。これですっかりそろってしまったわけだ。

そういえば小学生のとき、小学校で掃除の時間になると必ず校内放送で流されたのが「くるみ割り人形」だった。「行進曲」が流れるころに机を教室の片側に運び、「花のワルツ」がかかると必ず「清掃は終わりです」というアナウンスがかぶさって聞こえてきたものだ。おかげで、皿洗いとか部屋の片づけをしているときなどは、妙に「花のワルツ」を口ずさみたくなることがある。音楽というものは、決まったときに同じものを聴いていると刷り込まれてしまうものなのである。

これからは、「人形の夢と目覚め」を聴くとお風呂に入りたくなるようになるかもしれない。

土曜日だが昨日と同じ時間に起きる。身支度をして9時のバスで家を出た。暑いのは応えるが、天気がよいのは何よりだ。新幹線はかなり混雑していて、福山から先はデッキに立っている人もいるようだった。京都駅からバスに乗り、正午きっかりに四条大宮にある会場のホールに到着。リハーサルですぐにピアノを弾かせてもらえたが、反応がよくてなかなか弾きやすそうだった。それから外へ出て、近くのレストランでお昼をすませる。思ったより時間がかかり、プログラムの開始時間ギリギリに戻ることになってしまった。

今回は自分の演奏順は5番目で、第1部の最後だった。弾いたのはバッハのパルティータ第1番のサラバンドと、それをアール・ワイルドがアレンジした「プーランクへのオマージュ」の2曲。曲がおとなしいので大きく崩壊するようなことはなかったが、それでも普段なら間違えないような簡単なところで何カ所もミスをしてしまった。原曲よりワイルドの編曲の方が音が増えて若干難しくなっているはずだが、ミスは1曲目の方が目立っていたように思う。お世辞にもいい演奏とは言えなかったが、まあそれは毎度のこと。付け焼き刃で練習しただけなのだから、これくらいですんでむしろ上出来だったと思いたい。

その後は最後まで他の出演者の演奏を聴いて楽しむ。今回はピアノ2台で演奏する曲がプログラムにたくさん入っており、生で聴く機会になかなか恵まれない曲に接することができた。特に印象に残ったのは、K夫妻が弾かれていたブリテンの「マズルカ・エレジアカ」だ。というのも18年前、大学3年次に行われた学園祭の演奏会において自分も後輩とこの曲に挑戦したことがあったのだ。そしてそれ以来、この曲を弾いたり聴いたりする機会が全くなかったのである。演奏を聴くとともに当時の情景が脳裏によみがえり、何とも懐かしい思いがしたのだった。

18時半に演奏会が終わると、打ち上げに参加するメンバーとはお別れして帰路に就く。10時半頃に帰宅。疲れたが、いいリフレッシュになった。次回の演奏会に出演できるかどうか分からないが、候補となる曲は今から探しておくことにしよう。

今日も朝早くから会議。お昼を挟んで午後からは、線形代数学の中間試験を行う。夕方に担当教員で集まり、回収した答案を分配した。部屋に戻ると図書委員としての仕事やレポートのチェック、演習の採点など諸々の仕事に追われる。今日もすっかり遅くなって帰宅した。

明日はピアノの演奏会に出るため、京都まで行かなければいけない。場所は阪急電鉄大宮駅の上にある「JEUGIA 大宮アプローズ アマデウスサロン」にて。プログラムにある通り、今回はピアノが2台用意されており、なかなか聴く機会のない2台ピアノの曲目が数曲演奏される。ただ、自分はバッハのおとなしい曲と、その曲を下地にした簡単な編曲ものを1曲やるだけである。今はピアノを練習する時間がほとんどとれず、これくらいでも間に合わせるのはかなり大変だった(間に合っていないかもしれない)。また、普段なら打ち上げに出てそのまま一晩泊まっていくのだが、今回は月曜日のセミナーの準備を日曜日にしたいのと、このところのたまった疲れを取るべく自宅でゆっくりした朝を過ごしたいということがあり、日帰りで広島に戻ることにした。久しぶりに会う人たちとじっくり語らえないのは残念だが、今の状態では仕方がないだろう。

天気のよかった昨日から一転、今日は朝から晩までしとしとと雨が降り続く一日だった。お昼をすませて一服した後、近所の床屋までぶらっと出かけて髪を切ってくる。運が悪いと長時間待たされることもあるが、今日は幸いすぐにやってもらえた。

それから街中に出かけ、ピアノスタジオでピアノの練習。昨日電話をしたHピアノではなく、本通の外れにあるK楽器店に行った。ここは使用料金も比較的安いし、いつ行っても空いている。半年ぶりくらいだったが、以前は1階と2階にあったパソコンショップが撤退してしまっており、その後を占有する形で受付が3階から1階に移動していた。5階のピアノスタジオ自体は前と何も変わっていなかった。1時間ほどかけて、今週末に演奏する予定の曲を繰り返し弾いてみる。お世辞にもよいできとはいえないが、まあもうこれで行くしかない。今回は技術的には至極おとなしい曲を選んだのだが、それで正解だったようだ。もっと大変な曲なら、練習が全く間に合わなかっただろう。

夕飯を食べてから8時半頃帰宅した。

今週は週明けに少し熱っぽかったうえ、口の下にできたできものがひどくなってしまうなど、週を通して調子の悪い日が多かった。寝込むようなことはなく、表向きは普段通りに動けるのだが、何となく具合の悪さが抜けないのだ。だいぶ調子が戻ってきたと実感できたのは昨日の午後になってからだった。そういえば、5年前も5月はずっと調子が悪かったのを思いだした。この時期は気候としては気持ちがいいのだが、自分にとっては体調を崩しやすいころなのかもしれない。

Puttanesca.jpgこんなときは、ゆっくり寝ていられる土日の到来は何よりありがたい。実際には平日と大して変わらない時間帯に目が覚めてしまうのだが、起きなければいけないから起きるのと、起きなくてもいいが起きるのとでは、気分がまるで違うのである。お昼は久しぶりにプッタネスカをつくる。オリーブ、ケイパー、アンチョビを刻み、ニンニク、唐辛子と一緒にオリーブオイルで炒めてトマト缶を加える。もう何度もつくっているのですっかり慣れたものだが、今回は冷蔵庫にミニトマトが余っていたので、ソースの足しに加えてみた。他の具の主張が強いからそれほど味が変わった気はしないが、ときどきミニトマトの甘みが口に広がる。なかなかこれはよかったかもしれない。

夕方から街中のピアノスタジオに行って練習するつもりだったが、電話してみたところ、今日はすべて先約があるとのこと。普段なら当日に問い合わせてもたいてい空いているので、ピアノを使うイベントでもやっているのかもしれない。練習するのはあきらめ、衣類や本などあれこれ買い物をして帰宅した。

Marie-Claire Alain

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よい天気だが、今朝も何だか寒い。一昨日の強い寒気がまだ抜けきっていないようだ。気温が上がるまでには、もう一雨やり過ごさなくてはならないらしい。

新聞を見ていたら、マリー=クレール・アランを偲ぶ記事が出ていた。2月末に86歳で死去したとのこと。オルガニストというとまず思い浮かぶ名前だが、亡くなっていたとは全然知らなかった。

追悼の意も込めて久しぶりに演奏を聴こうと思い、彼女の弾くフランクのオルガン作品集のCDを持って家を出た。車内で「前奏曲、フーガと変奏」を聴いて厳粛な気分に浸る。そういえば、これのピアノ編曲を昔一人で練習していたことがあったのだった。来月の演奏会ではもう演奏する曲を決めてしまったが、それが終わったらもう一度さらってみてもいいかもしれない。

来月、学生時代のピアノサークルの同期が華燭の典を挙げることになり、新郎友人の一人として東京で行われる披露宴に参席することになった。出るだけなら気楽な気分でお祝いに行けるが、新郎からはスピーチもするようにと言われている。大して話が面白いわけでもないのに、どういうわけかこういうおめでたい場でのスピーチをよく頼まれる。10年くらい前、初めてそういう役目を引き受けたときにたまたま大きな失敗をせずにまとめられたので、それ以来何とか無難にやってくれるだろうと思われるようになったらしい。数学の関係者の披露宴に出たときは、たいていピアノ演奏も頼まれる。そういえば、一度カードマジックをやったこともあったのだった。この10年で出席した披露宴で、スピーチも余興もしなかったことはほとんどなかったような気がする。

ただ今回はスピーチ以外に、何か折紙も折ってきてくれないかと頼まれている。これは今まではなかった依頼だ。しかし、折紙については有名折紙作家の折図集を見て折っているだけで自分のオリジナル作品があるわけではないし、折り上がっても人様にお見せできるようなできばえになっていないことも多いので、お祝いとして差し上げられるようなものが果たして折れるのか、どうも自信がない。そうはいっても、頼まれたからには何とかそれなりのものを折ろうと、このところ夕飯後のひとときに紙と格闘している。

朝のピアノ

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4月に入ってからというもの、出勤前にちょっとだけピアノを弾くのを日課にしている。以前は帰宅して夕飯をすませてから練習していることが多かったが、最近は帰りが遅くなることも増え、じっくり弾いている時間はあまりとれなくなってしまった。朝にしてもそんなにのんびりしている余裕はないから、時間にすれば10分か15分程度である。だが、あとは出かけるだけという態勢が整ったところで鍵盤に向かうと、案外落ち着いて弾けるようなのである。しばらくはこのスタイルでやっていこうかと思う。

とはいえ、これではまとまった時間をかけて練習することはできないから、長くて難しい曲を弾くのはほぼ不可能だ。来月下旬に演奏会が予定されているが、出るかどうか迷っている。出演するとしても、去年ときどき練習していたプロコフィエフはちょっと間に合いそうにない。静かでそれほど難しくなく、それでいて深みのある渋い曲はないかなと、手持ちの楽譜をいくつか見ながらさらってみている。

悩む選曲

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夕飯後、少しピアノを弾いていた。先月、これからはピアノを毎日のように練習すると宣言したはずなのに、実際は鍵盤の前に座った日は数えるほど。仕事が長引いた日は疲れて気力がわかないし、たまに自由な時間があっても他にしたいことがいろいろあって、なかなかピアノを弾く余裕がないのが実情だ。

次の演奏会ではプロコフィエフで行こうと思っていたが、今の時間のかけ方だと、この選曲ではちょっと荷が重いかもしれない。そう思って、今日は少し他の曲の楽譜も棚から出してさらってみていた。今から譜読みするとなると、そんなに難しい曲はできそうにない。しかし、あまり簡単な曲ですませてしまうのもちょっと気が引ける。いろいろ楽譜を見るうちに、また迷いだしてきた。やはり当初の予定通り、プロコフィエフで頑張るべきなのか。もうしばらくは逡巡することになりそうだ。

ピアノの再開

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今日は午前中に、3年生向けの研究室見学会があった。4年生になると、いくつかある研究室のどれかに配属されて卒業研究を行うことになるため、まずどういう研究室なのかを今のうちに見てもらうのである。まず教員側から1年間のスケジュールや卒業研究の内容などについて説明を行い、その後は昨日卒業研究を終えたばかりの4年生に、この1年の体験について語ってもらった。4年生はこれですべての仕事が終わり、卒業式までは自由の身だ。

こちらも、今日はこれまでよりだいぶ早めに帰宅することができた。夕飯後、久しぶりにピアノを練習してみる。実は先月、パーティー会場でラフマニノフを弾いて以来、ピアノには全くさわっていなかった。何しろその前までずっと練習を続けていたから、少し離れて気分を新たにしようと思ったのである。2週間くらいで再開するつもりだったが、先月下旬からはやたらに忙しくなり、結局1ヶ月もご無沙汰になってしまった。これだけ長い間鍵盤にふれていなければ、腕がなまっていない方がおかしい。去年ずっと練習していたはずのプロコフィエフは、また秋口のたどたどしいレベルに戻ってしまっていた。今日からは毎日なるべく練習の時間をとって、リハビリに努めよう。

朝10時から研究集会に出席。今回の研究集会は、代数幾何学の大御所ともいうべきK先生の還暦をお祝いするという意味合いがあるため、世界各国から研究者が集まってきており、T大の大講義室は人であふれていた。講演は午前中に2つ、午後に3つ。特に午後最後の講演はK先生ご本人で、集まってきた聴衆で広い大講義室の座席がほとんど埋まってしまった。学生のころからこの部屋には何度となく来ているが、これだけの人が入った光景を見た記憶はあまりない。数学界におけるK先生の存在の大きさが分かろうというものである。

講演が終わった後、場所を移して生協の2階でパーティーが始まる。参加者は何と170名で、あの人もこの人も大集合という感じだ。I先生が乾杯の挨拶をした後、しばらくワイワイガヤガヤと歓談。宴もたけなわとなったところで、H先生がスピーチ。その後、K先生の若いころの写真をまとめたスライド集が上映され、みんなが盛り上がった。そしてしばらくしたところで、いよいよピアノを弾くことになった。曲目は先月の演奏会に引き続き、ラフマニノフ=ワイルドの「夜のしじまに」。ピアノといっても電子ピアノではあるが、170名がいる場所で演奏をする機会はなかなかない。しかも、周り中に人が立っていて、鍵盤を見ていても視界に入ってくる。緊張するなという方が無理な話だ。大失敗をしてもおかしくない状況だったが、どうにか無難に終わらせることができた。もちろんミスはたくさんしているのだが、完全に止まってしまったり、巻き戻して弾き直したりせずにはすんだ。状況を考えれば、これくらいですんでよかったと思うべきだろう。少なくとも、先月の演奏会よりはだいぶましだった。スタインウェイで弾いたときより電子ピアノで弾いたときの方がうまくいったというのも、何とも皮肉な話である。

その後、ゆかりのある先生方のスピーチがあり、最後にK先生への花束や記念品の贈呈とK先生のスピーチでパーティーは9時頃終了した。研究集会は明日までだが、もう何も仕事はないので、だいぶ気楽だ。

仕事始め

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久しぶりに出勤。4日は休暇をとっていたので、今日が自分にとっての仕事始めということになる。いろいろたまっていた仕事が一気に襲ってきて、慌ただしい一日だった。

今週はちょっと大変だ。明日は講義と演習があるし、その後は東京に移動して研究集会に出ることになっている。特に木曜日は、パーティーの席上でピアノを弾かなければならない。恥をかかないか心配で仕方がないが、演奏会ではないからさして注目もされずにすむかもしれないという期待もある。多分パーティーの次の日には、ピアノを弾いていた人がいたことなどみんな忘れているのではないか。一日限りの恥と思えば、少し気も楽だ。

ところで、いつも月初めに来る詰パラが、今日になっても届いていない。帰省中にもちろん届いているはずと思っていたので、5日に帰宅したとき、郵便受けに年賀状やチラシしか入っていなかったのは意外だった。他の方のところには問題なく来ているようだ。今日も届かないとなると、大量の年賀状に紛れて輸送中にどこかに行ってしまったのだろうか。久しぶりに作品を掲載してもらったというのに、そんなときに限ってこういうことになるのだからツイていない。

新年会

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お昼過ぎに街中へ出かける。東京駅に出てきたので、ぶらっと八重洲ブックセンターに立ち寄った。地下に降りて将棋コーナーを何となく見ていると、詰パラの1月号が置いてあるのを見つける。自宅にも届いているはずなので、立ち読みするだけにして3ヶ月前に載せてもらった自作の解説と短評をチェック。まあまあの評価をしていただいたようでホッとした。ふと思い出したが、詰パラに初めて作品を掲載してもらったのが2003年1月号だった。当時は確かまだ定期購読をしていなかったので、八重洲ブックセンターに買いに来たのである。「初入選」の文字を見つけ、書店の片隅で声を押し殺して喜んだのがつい昨日のことのように思い出される。記憶が確かならば、それは2003年の1月3日だった。だから、それからきっかり10年後にまた同じ場所で詰パラを立ち読みしていたわけである。この10年の間に生じた公私にわたる環境の変化を考えると、ずいぶん時間が経ったものだなと実感する。

いったん自宅に戻った後、夕方に再び出かける。新宿で、大学時代のピアノサークルの同期6人で新年会。毎年この時期にやっていたが、去年は行われなかったので2年ぶりということになる。かつては10人くらい集まった年もあったが、さすがにそれぞれが家庭を持ち、だんだん参加できる人も少なくなってきた。今回集まった6人のうち5人が既婚者で、残る一人もこの5月に結婚するとのこと。その人と自分以外の4人は、皆2人の子持ちだという。昼間に引き続き、時の流れを実感してしまったのだった。

10時過ぎに散会。11時半頃帰宅した。

加古川ピアノ同好会の演奏会に出演するため、10時過ぎの新幹線で広島を発った。新大阪から電車を3本乗り継ぎ、大阪天満宮駅から歩いて12時半頃に会場の「エル・おおさか」に到着。少しだけリハーサルで会場のピアノを弾かせてもらった後、会場の入っているビルの中にある食堂で昼食をすませた。

演奏会は13時半からだったが、自分の出番は17時。覚悟はしていたが、やはり今回はあまりいい演奏はできなかった。どうしてもミスや失敗は出てしまうものだが、全体としてこれくらいは仕方がない、と思える程度には押さえたい。しかし今回はそれができず、もう少し何とかならなかったか、という反省ばかりが残ってしまった。加古川ピアノ同好会の演奏会に出演するのは今回で11回目になるが、少なくともここ数回では一番出来が悪かったのではないか。やはり練習量が全く足りなかったというしかない。音符が頭から飛んでしまい、音が消えてしまった箇所がいくつもあった。あれでは、ラフマニノフの魅力を半分も表現できていないだろう。残念だが、これが実力であるから仕方がない。年明けにもう一度この曲を弾くので、今日よりはもう少しましな演奏ができるようにしなければいけない。

演奏会終了後、近くの寿司屋で打ち上げ。久しぶりに会う顔も多く、話が弾んだ。9時半頃に散会。今日は神戸にある妻の実家に泊まり、明後日広島に戻る予定。

最後の悪あがき

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午前と午後に会議が一つずつ。来週はもう各自年末モードに入るので、年内にやっておくべきことをまとめて片づけたという感じだった。年明けの1月から2月にかけては毎年本当に忙しくなるが、来年も定期試験の準備・採点と4年生の卒業研究に出張が加わるので、かなり慌ただしい毎日になるのは間違いない。何とか無事に乗り切りたいものだ。

それにしても困ったのは、明日が演奏会だというのに、全く練習ができていないということだ。5年半前にも弾いた曲だが、そのときよりうまくいく可能性はほとんどゼロといってもいい。まあ、小さなミスだけですませられれば御の字だろう。出来の悪い学生が試験前日に一夜漬けの勉強をするように、今から最後の悪あがきをしてこよう。

今度の土曜日に出演する演奏会のプログラムが固まったので、ここに掲載しておく。場所は大阪。私自身はまともな演奏ができるとはとても思えないが、他の方はうまい人が多く、素晴らしい演奏が期待できる。入場無料なので、お近くにお住まいの方は是非。

加古川ピアノ同好会第31回演奏会
2012年12月22日(土) プチ・エル(エル・おおさか B1F)(京阪・地下鉄谷町線「天満橋駅」より徒歩4分)
13:00 開場 / 13:30 開演 / 18:05 終演予定 (入場無料)

第1部 (13:30~14:15)
1. アシル・シモネッティマドリガル坂井 祐美子(Vn)
アルフレード・ダンブロジオカンツォネッタ第1番 Op. 6宮尾 幹成(Pf)
ヴィットーリオ・モンティチャールダッシュ
2. フランツ・リスト巡礼の年 第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」 S. 162向井 希実子
第1曲「ゴンドラを漕ぐ女」
第2曲「カンツォーネ」
第3曲「タランテラ」
3. マルク=アンドレ・アムラン全ての短調による12の練習曲 より西村 英士
第6番「ピアノフォルテのための練習曲(ドメニコ・スカルラッティを讃えて)」
第9番「ロッシーニによる」
第3番「パガニーニ=リストによる」
第2部 (14:25~15:30)
1. 新実 徳英(1947-)白いうた 青いうた(詞:谷川 雁) より高橋 幸枝(Sop)
第39曲「しらかば」、第28曲「傘もなく」、第19曲「鳥舟」宮尾 幹成(Pf)
菅野 よう子(1964-)復興支援ソング「花は咲く」(詞:岩井 俊二)
2. J. S. バッハ[フランツ・リスト編]前奏曲とフーガ BWV 543 (S. 462-1)斎藤 奈央子
3. J. S. バッハゴールドベルク変奏曲 BWV 988 より古宮 雅子
アリア、変奏1~4、9、21、30、アリア
4. フランツ・シューベルトピアノソナタ D. 960 より 第2楽章加川 みどり
アルフレート・グリュンフェルトウィーンの夜会 Op. 56
~ヨハン・シュトラウスのワルツ主題による演奏会用パラフレーズ
第3部 (15:45~16:55)
1. フレデリック・ショパン練習曲集 Op. 10 より 第5, 6, 7, 8番水沢 望
2. クロード・ドビュッシー前奏曲集 第2巻 より細谷 晴夫
「霧」「ヴィーノの門」「枯葉」「奇人ラヴィーヌ将軍」
3. フランシス・プーランク3つのノヴレット坂田 恭子
4.フレデリック・ショパン3つの夜想曲 Op. 9 より 第2番振本 有紀
スケルツォ第2番 Op. 31
5. クロード・ドビュッシー12の練習曲 より木坂 正史
第1番「5本の指のための」 ― チェルニー氏に倣って
第12番「和音のための」
第4部 (17:05~18:05)
1. セルゲイ・ラフマニノフ6つのロマンス Op. 4 より 第3曲「夜のしじまに」斎藤 夏雄
[アール・ワイルド編]
2. ズデニェク・フィビヒ気分、印象と追憶 Op. 41 より宮尾幹成
第139曲「ジョフィーン島の夕べ」
ヨセフ・スーク6つの小品 Op. 7 より 第1曲「愛の歌」
アントニン・ドヴォルザーク8つのユモレスク Op. 101 より 第7曲
3.ドミートリィ・ショスタコーヴィチ24の前奏曲とフーガ Op. 87 より 第17番、第15番金谷 勲
4.カロル・シマノフスキ仮面劇 Op. 34 より小山 貴
第2曲「道化師タントリス」
第3曲「ドン・ファンのセレナーデ」
5.セルゲイ・ラフマニノフイタリアン・ポルカ八木 良平
[ヴェチェスラフ・グリャーズノフ編]
ニコライ・リムスキー=コルサコフ熊蜂の飛行
コンスタンティン・ヴィレンスキー編

演奏会がいよいよ1週間後に迫ってきた。半年に一度のペースで行われており、都合がつかないときを除けば毎回出演しているが、
今回ほど練習が足りていないのは初めてかもしれない。練習不足であること以上に、弾けていないことに対する危機感があまりわいてこないのが問題だ。このままではまずいと思う一方で、頭のどこかでまあ何とかなるだろうと安易に考えているのである。根拠もないのに楽観的になってしまうのは、以前弾いたことのある曲を選んでいるからかもしれない。当初の予定だったプロコフィエフなら、今はもっと焦っていただろう。

先週に引き続き、今日も街中のピアノスタジオを借りてグランドピアノで練習をしてきた。スタインウェイが弾けるスタジオで、電子ピアノのタッチに慣れてしまった指にグランドピアノの感覚を取り戻させるため、演奏会の前に一度はここで練習している。しかし案の定、まともに弾けずあちこちでつっかえてしまった。暗譜で行くつもりだが、まだあやふやなところが残っているし、指がちゃんと回っていないところも多い。さすがに危機感が募ってきた。これから演奏会当日までは、毎日練習の時間をとって最後の追い込みをかけよう。

起きてみると昨日からの雪がまだ降っていたが、路面に積もってはいないようだった。日がときどき顔を出していたので、すぐにとけてしまったのだろう。やがて青空が少しずつ広がり、昼過ぎにはすっかりいい天気になったので、昼飯をすませてから床屋へ行く。前に行ったのが10月20日で、7週間ぶりの散髪だ。髪がだんだんまとめにくくなってきて、そろそろ短くしないといけない、と感じるのは、決まって前回の散髪時から7週間後である。その計算で行くと、次に床屋に行くのは1月下旬ということになるだろう。

夕方から街中に出る。まず、ピアノスタジオに行ってピアノの練習。演奏会が2週間後に迫っており、そろそろ本腰を入れて練習しなければいけない。それからデパート、本屋、家電量販店などをはしごして買い物。8時過ぎに帰宅した。

帰宅するのを待っていたかのように、また雪がちらちらと降り始めた。窓の外を見ると、すでに路面や駐車中の車が真っ白になっているのが見える。明日の朝がどうなっているか少々心配だ。路面が凍結しているようなら、無理に車は出さず、バスか徒歩で出かけた方がいいかもしれない。

昨日すっかり夜更かししてしまい、今朝は日が高くなるまでずっとベッドでゴロゴロしていた。少し遠出することも考えていたが、外は昨夜から降り続く冷たい雨がまだやんでいない。まあこんな日はおとなしくしているに限る。年明けに人前でピアノを弾くよう先日依頼を受けたので、今日はその練習に時間を割いた。本当はこのところ弾いていたプロコフィエフを出したいのだが、あの曲はパーティーのような場にはあまりそぐわないように思えるし、そもそもまだ練習が間に合っていなくて仕上がるかどうかも甚だ怪しい。それよりは、自分の慣れ親しんでいるラフマニノフをもう一度さらった方がよさそうに思える。実際、今日あらためて楽譜を追ってみて、ホームタウンに戻ってきたような安心感を覚えた。もう一人、スクリャービンも自分にとって居心地のよさを感じられる作曲家だ。演奏するうえで自分と一番相性がいいのは、やはりこの二人のようである。

練習が一段落してから街中に買い物に出かけた。食料品や本などを買い、7時半頃帰宅。

相次ぐ依頼

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夜半過ぎに自宅サーバのIPアドレスが変わっていたようで、先ほどまでこのブログが見られない状態が続いていた。多分今は復旧していると思う。

昨日、詰備会幹事のHさんから、詰備会作品展に作品を出せないかと打診をいただいた。詰備会の発足10周年を記念して、いつもより多めに作品を集めることを考えておられるとのこと。分かりましたと二つ返事で引き受けたいところだが、何しろ5年ぶりにどうにかこしらえた作品が先月載ったばかりで、今は何も作品のストックがない。短期間でさらっと創れる能力も私にはない。考えてみますとお返事はしたものの、果たしてまともなものができるかどうか甚だ心配である。

さらに今日になって、また一つ別の依頼を受けてしまった。今度はO大のO先生からで、K先生の還暦に合わせて来年1月に行われるシンポジウムで参加者が出席するパーティーが予定されており、その席でピアノを弾いてほしいとのこと。これはちょっと大変な宿題だ。今は来月の演奏会に向けてプロコフィエフを練習中だが、あの曲はパーティーという場にはそぐわない気がするので、なるべく別の曲にしたい。しかし、今から何か練習して果たして当日までに仕上がるのだろうか。全く新しい曲をやるのは多分無理だから、これまで弾いた曲の中から選ぶことになるだろう。しかしそれでも間に合うかどうか、こちらも甚だ心配である。

練習時間の不足

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夜半から降っていた冷たい雨が、出がけにはまだ少し残っていた。どうも手が冷えてしまっていけないので、今日は手袋をはめていく。血行がよくないのか、寒い時期になると手先、足先が冷たくなってしまう。困るのがピアノの練習をするときで、一番寒い時期はしばらく手をお湯につけて蘇生させてから鍵盤に向かったりすることもある。

そういえば、来月に演奏会に出ようと思っているのに、まだ予定曲の練習が全然終わっていない。いつもなら、この時期はつっかえつっかえながらも何とか通して弾けるようにはなっていて、あとはいかにつっかえる回数を減らすかということに集中していくわけだが、今回はまだまともに弾き通すこともできていない。何とか間に合わせたいが、この分だと演奏曲を削らないといけないかもしれない。練習時間の不足は、かじかむ手よりも厄介な問題である。

朝晩、めっきり寒くなった。今週に入ってからジャケットの下にセーターを着込むようになったし、今日は足が冷たくて車内で弱い暖房をかけてしまった。寒い時期の広島は、地域によっては朝に相当気温が下がる。うちのあたりは大したことがないが、H大のある東広島あたりの冷え込み方はかなりのものだ。実際、何日か前の最低気温が、同じ日の札幌や帯広のそれよりも低かったらしい。

車の中でかけているCDを、「魔笛」から無伴奏チェロ組曲に変えた。アンナー・ビルスマが奏でるチェロの音色を聴いているだけで、何となく車内が暖かくなってきたように感じる。実際には、その少し前につけた暖房のせいなのだろう。しかし、チェロの音は何となく暖炉のそばにいるような感覚を与えてくれるのだ。少なくとも、夜の女王のアリアよりは暖をとれるような気がする。

午前中は家でゆっくりしていた。ピアノはまたプロコフィエフの「シンデレラ」を少し。なかなか難しくて譜読みが全然進まない。技術的にさほど困難ではない箇所でも、例えばゆっくりとロマンティックに歌い上げるようなところでも、プロコフィエフらしいみずみずしい抒情性がなかなか演奏から立ち上ってこないのだ。ラフマニノフやスクリャービンはこれまで何曲も弾いてだいぶ感じがつかめているが、同じロシア系であってもプロコフィエフの曲の美しさはちょっと違うところがあるように思う。ラフマニノフの抒情性はどの部分を切り出して弾いてみても匂い立つようで、ある意味では非常に分かりやすい。しかしプロコフィエフのそれは、局所的に眺めてみているうちは、ともすれば無機質に感じられることがある。曲全体をまとめて鑑賞したとき、先ほどは分からなかった例えようもない美しさが突如現れてくるのだ。近づいて見るとただのドットの集合なのに、遠くから眺めるとモナリザが浮かび上がるような感じだろうか。もっともこれは現時点での個人的な印象なので、練習が進めばまた感じ方も変わるかもしれない。

午後は床屋に行って髪を切り、それから街中に出かける。今日は一日雨が降ったりやんだりだった。今年の梅雨は全く実に梅雨らしい。買い物をして夕方には帰宅した。

明日は早朝に家を出て、松本での詰将棋全国大会に参加するつもり。

昨日はまだ少し雲が残っていたが、今日は青空が広がって快晴の一日だった。将棋番組を見た後はピアノの練習。前回の演奏会が終わってからは、ずっとプロコフィエフの「シンデレラ」をやっている。実はこの曲、ずいぶん前から譜読みだけはしていて、4年前の一時期は結構練習していたのだ。しかしどうにも難しくて人前に出せるようなレベルまで持って行くことができず、結局他の曲に乗り換えてしまったのだった。今ならまだ次の演奏会まで時間があるので、それらしく弾けるところまで今度こそ持って行きたいと思う。今のところ、Op.102の6曲の中から1, 5, 6曲目を譜読み中。夏が終わるころまでにある程度のめどをつけたいのだが、果たして間に合うかどうか。

夕方は街中に出る。あれこれ買い物をして、8時頃帰宅。それから少し遅めの夕飯。

そういえば、昨日おかしくなってしまったコンピュータだが、今日念のため再度様子を見てみたら、不思議なことに今度は何の問題もなく正常に作動した。昨日のことなど忘れたかのようだ。なぜ一日だけ不機嫌になったのか、どうもよく分からない。まあとりあえずは一安心だが、またいつどうなるか分かったものではない。大事なファイルは一切置かないようにしよう。

詰パラ七月号

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帰宅すると、詰パラの七月号が届いていた。今月はもちろん看寿賞の選考会がメインの記事。受賞作が決まるまでの議論の内容を詳しく掲載してくれると、受賞作に限らず昨年の名作や注目作をまとめて鑑賞できるのがよい。惜しくも選に漏れた作品にもかなりの好作があったようで、手順を追ってみては感心することしきりだった。

それから今月号は、3ヶ月前に出題された詰四会作品展の解答発表があった。お祝いの言葉もたくさんいただいたようで、うれしい限り。一流の詰将棋作家にこうして祝賀詰を創っていただけるというのは、詰将棋の世界で遊んできたものとしては何とも幸せなことである。もっとも、「遊んできた」といっても自分は詰将棋を創り始めてまだ10年、創った作品も20作に満たない青二才。詰将棋作家としてはまだまだ駆け出しである。今後も創作を始めとして、いろいろな形で詰将棋と関わっていきたいと思う。

ところで、今回の詰四会作品展の記事で「斎藤さんには全国大会で、バルトークのミクロコスモスを弾いてくださいとお願いしているのですが、練習する時間が取れないとかで実現に至っておりません」とあった。実際その通りで、大した技術もない人間が人前で曲を披露できるようになるためには、相当な時間が必要なのである。ただ、そもそも全国大会のような、必ずしもピアノに興味があるわけではない人が大勢集まるところでは、いくら詰将棋とゆかりがある作品とはいえ、あの曲はあまり場にそぐわないような気がする。そういうところで弾くのにもっと向いている曲を普段からレパートリーとして持っておきたいとは思っているのだが、現実にはなかなか難しい。

帰宅

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妻の実家に一晩ご厄介になり、お昼頃訪れた妻の兄夫婦と幼い甥っ子とも楽しく過ごしてから、夕方に失礼する。8時過ぎに広島に帰ってきた。

演奏会が終わるたびに、さて次は何を弾こうとあれこれ考える。今からなら、練習すればあれも弾ける、これも弾けると思うから、いろんな曲が選択肢に入ってくる。想像するだけなら、どんな難曲でも自由に弾けるのだ。この期間が楽しい。次回の演奏会は、12月22日に大阪で行われるとのこと。とりあえず、今度はロシアもので行こうと思う。今から少しずつ譜読みをしていって、何とかいい状態で仕上げたい。

今日は誕生日。また一つ歳をとってしまった。

御影で行われる加古川ピアノ同好会の演奏会に出演するため、朝9時半過ぎに広島を発って神戸に向かう。予定では開演の1時間前に着いてゆっくりリハーサルでもさせてもらおうかと思っていたのだが、家を出てから何かがおかしいことに気がついた。何と時間を1時間勘違いしていたのだ。事前に電車の時間を調べていたときに、頭の中で勝手に数字を変換していたらしい。たっぷり余裕があるはずが、ギリギリで会場入りすることになってしまった。何とも間が抜けている。それでも開演の直前に数分だけピアノに触らせてもらえた。試し弾き程度だが、全くのぶっつけ本番で弾くよりはずっとましだ。

演奏は第2部の最後で、時間は2時過ぎだった。内容はまあそれほどよかったとは言えないが、練習時間があまりなかったことを考えれば、これくらいでよしとしなければいけないかもしれない。ある程度ミスをするのは仕方がないとして、前半のある部分で弾き直しをしてしまったのが悔やまれる。間違った音を弾き、違ったと思ってつい弾き直そうとしてしまったうえ、また間違った音を出してしまった。弾き直しは音楽の流れを止めてしまうので、極力しない方がよいと思っている。ミスをしてもそのまま弾き続ければ、聴いている方は案外気にならないものだ。しかし現実にはなかなか難しい。

4時半頃に演奏会が終わり、隣の六甲駅に移動。喫茶店のような店を貸し切りにして打ち上げをする。いろいろ面白い話も聞くことができた。9時半頃に店を失礼し、妻の実家へ。今夜はここに泊めていただき、明日広島に戻る予定。

半年に一度のペースで行われている加古川ピアノ同好会の演奏会が、いよいよ明後日に迫った。今回は阪急神戸線御影駅から徒歩3分のところにある世良美術館で行われる。都合がつかなかった人が多かったのか、普段と比べると参加者が少なめで、こぢんまりとした演奏会になりそうだ。入場無料で誰でも自由に入れるので、もしお近くにお住まいでお暇な方がおられたらいらしていただきたい。予定されているプログラムは以下の通り。

加古川ピアノ同好会第30回演奏会
2012年6月9日(土) 世良美術館
12:15 開場 / 12:30 開演 (入場無料)

第1部(12:30~)
1. 宮尾 明子幸田延聯彈小曲
宮尾 幹成カプレ小さなこといろいろ より
「小さな子守歌」「小さな舟歌」「小さなフランス風行進曲」
2. 坂井祐美子 (Vn.)クライスラーレチタティーヴォとスケルツォ・カプリース Op.6(無伴奏)
宮尾 幹成 (Pf.)新実徳英ヴァイオリン・ソング・ブック 第1巻 より
「鳥のシシリアーノ」「白のハバネラ」「雨のワルツ」
3. 高橋幸枝 (Sop.)佐藤信(作詞)、林光(作曲)「花のうた」「花かざれ」「舟歌」
坂井祐美子 (Vn.)高野辰之(作詞)「故郷」
宮尾 幹成 (Pf.)岡野貞一(作曲)
第2部(13:30~)
1. 古宮雅子バッハシンフォニア 第2番 ハ短調 BWV.788
モーツァルト幻想曲 ハ短調 K.475
2. 加川みどりベートーヴェン創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO 80
3. 木坂正史ヒナステラピアノソナタ 第1番 Op.22 より 第1,3,4楽章
4. 斎藤夏雄プーランクメランコリー
第3部(14:30~)
1. 坂田恭子リスト巡礼の年 第2年 より「婚礼」
2. 佐藤祥子シベリウス5つの小品「樹の組曲」 Op.75
3. 振本有紀グリーグアリエッタ、トロルドハウゲンの婚礼の日
ラフマニノフプレリュードOp.23-4,5
4. 小笹真砂子メトネルおとぎ話ソナタ ハ短調 Op.25-1
第4部(15:30~)
1. 水沢望ショパンエチュード Op.25-1、バラード 第4番 ヘ短調 Op.52
2. 西村英士タールベルクロッシーニの歌劇「モーゼ」の主題による幻想曲 Op.33

加古川ピアノ同好会の演奏会まで、あと1週間になった。この集まりには5年くらい前から参加しており、半年に一度の演奏会にもなるべくエントリーするようにしている。今度出演すればもう10回目だ。今回は神戸の世良美術館というところで行われることになっている。幹事の方からプログラムが送られてきたが、私は全体の真ん中あたり、2時から2時半あたりに出番が来るようだ。弾くのはプーランクのメランコリーで、9年前にも人前の弾いたことのある曲である。本当はスクリャービンの難しい曲に挑戦してみたかったのだが、練習している時間が全くとれず、譜読みができそうにないのであきらめざるを得なかった。ピアノに向かう時間がいくらでもとれた学生時代が懐かしい。

演奏会が近づくと、街中のピアノスタジオに一度は弾きに行くことにしている。今日も予定を立てて夕方に弾かせてもらうつもりでいた。ところがスタジオに電話をかけてみると、「その時間はもう予約が入っています」とのこと。いつも直前に押さえていたので、今回も大丈夫だろうとすっかり高をくくっていた。明日は所用があるので出かけるのは難しそうだし、さてどうしたものか。まあメランコリーならある程度弾き慣れているし、アコースティックピアノについてはぶっつけ本番ということにしてしまってもいいかもしれない。

滑る鍵盤

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最近は、朝出勤する前に少しだけピアノを弾くのが日課になっている。演奏会までもう3週間ちょっとしかないのに、こう毎日忙しくてはろくに練習もできない。今の生活で一番落ち着いてピアノに向かえるのはいつかと考えたら、実はこの時間帯だったのだ。もっとも、ピアノといっても電子ピアノだし、ヘッドホンで2回か3回通して弾くくらいが精一杯である。時間にしたら30分にもならない。それでも、繰り返していると少しずつ指が曲を覚えていってくれるようで、それなりに意味はあるように思う。

電子ピアノの蓋を開け、冒頭の部分を弾き出すと、指がときどき滑ることがある。黒鍵を弾こうと指を持っていくと、スルッと滑ってその隣の白鍵に落ちてしまうのだ。練習を始めた最初の数分間に多く、しばらくすると指が鍵盤に吸い付くようになってくる。直前まで皿洗いをしていることがあるので、もしかしたら洗剤の成分がわずかに残っていて手が滑りやすくなっているのかもしれない。

鍵盤が滑るということで思い出すのは、ホロヴィッツを始め一流ピアニストが弾くスタインウェイピアノの調律師をしていたフランツ・モアが、自身の著書で書いていたエピソードだ。本を実家に置いてきてしまったので細部は覚えていないのだが、確かモアがルービンシュタインのリサイタルに同行したときのことだったと思う。すでに客席に客が入り、あとは本人が出て行って演奏するだけ、というときになって、舞台に置いてあるあのピアノは鍵盤が滑って弾けないから何とかしろ、とルービンシュタインがモアに言ってきた。モアが直前に鍵盤を拭いたのがいけなかったらしい。しかし開演を待つ客がいる目の前で、あれこれメンテナンスをする時間はない。困ったモアが考えた窮余の一策は、ヘア・スプレーを持って行って鍵盤に吹き付けることだった。舞台に一人で出ていって、鍵盤に向けてシューッ、シューッとやったのである。これが思いの外うまくいき、ルービンシュタインも上機嫌だったので、それ以後モアはヘア・スプレーを持ち歩くようになったという。

ただ、うちでこのアイディアを実行するのはやめておこう。ピアノはスタインウェイではないし、私もルービンシュタインではない。

タイトルマッチ

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将棋界でも名人戦が進行中だが、今日からモスクワでもチェスのタイトルマッチが始まっている。AnandにGelfandが挑む世界選手権である。個人的にはAnandに分がある勝負かなという気はしているが、勝負事はどう転ぶか分からない。今日の第1戦は先ほどドローで決着したようだ。これから毎晩のように対局が行われるから、チェスファンにはたまらないだろう。

昨日はオープニングセレモニーが行われており、そのときの様子がChessbaseで紹介されていた。お偉方のスピーチや初戦の先後決めなどが行われた後、ピアノの演奏が披露されたそうだが、そこで10歳かそこらの少年が華麗にショパンを弾いてみせたらしい。掲載されている映像を見ると、確かに大勢の観客を前に堂々としたもので、ただの余興だと思っていた観客も予想以上の演奏に驚いているようだった。実際、あの年齢であれだけの演奏ができるのは相当な逸材だと思う。長髪も決まっていて、何年かしたら二枚目ピアニストとして頭角を現すかもしれない。

暗譜での演奏

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今日から、将棋名人戦の第3局が始まっている。第2局まで終えて1勝1敗であり、ここでどちらが勝つかは重要な意味を持ってくるだろう。勝負がつく明日が楽しみだ。

ネット上の生放送で加藤一二三九段が本局の解説をしていたのだが、遅い局面の進行を待つ間、視聴者からの質問にいつもの調子で口角泡を飛ばして面白おかしく答えていた。確か棋譜並べに関する質問に答えたときのことである。「我々プロ棋士は盤駒は使わず、頭の中で棋譜を並べられるんです」と言った後、「そうだ、ピアニストのリヒテルという人がいるんですが......」と思わぬ話題を持ち出した。「リヒテルという人は、ある時期から暗譜をやめたんですね。若いときは全部暗譜して弾いていたんだけど、それだと弾ける曲が限られてしまう。暗譜をやめてから、演奏する曲のレパートリーが広がったっていうんですね。だからプロ棋士も、全部頭の中で並べていればいいかどうかは分かりませんけどね」というようなことをおっしゃったのである。リヒテルがある時期から楽譜を見ながら弾くようになったのはよく知られているが、将棋の解説中にそんな話が飛び出すとは思わなかった。加藤九段、ああ見えてなかなか話題豊富な人である。

むやみに暗譜しようとすべきでない、とは学生時代に所属していたピアノサークルの先輩も言っていたことがある。我々アマチュアは限られた時間でしか練習できないのだから、覚えることに時間を割くくらいならもっと本質的な練習をした方がよい、というわけだ。実際、その通りなのだろうと思う。ただ私自身は、演奏会で弾くときにはやはりなるべく暗譜するつもりでいる。連弾や2台ピアノはまた別だが、ソロの演奏で楽譜を見ながら人前で弾いたのは、この20年でおそらく一度だけ、1年前の演奏会のときのみだ。そのときに感じたのは、演奏中に楽譜と鍵盤を目が行き来することで、どうも気が散ってしまうような気がするということだった。今どちらに目をやるべきかということに頭がいって、肝心の音に集中できないのである。やはり自分のような下手の横好きは、完全に覚え込んでしまうのが性に合っているようだ。

次回の演奏会まで、明日で残り1ヶ月になる。自然に暗譜するくらいまで、もっと練習しよう。

冬のコート

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全く、いつになったら本当に暖かくなるのだろう。もう冬のコートを着ることはないだろう、と3日前に書いたのに、今日の空気の冷たさにたまらずまたクローゼットから取り出してしまった。予報によれば、今夜から少し雪も降るらしい。3月もあと1週間で終わりという時期に雪とは、やはり今年の冬は手強い。

今日は夕方から街中へ出かけた。まず訪れたのは広島将棋センター。2週間後に迫った詰将棋解答選手権の打ち合わせをする。いつも四国から手伝いに来てもらっているSさんが今年は来られなくなったが、将棋センターの方は、いつも来てもらっているTさんの代わりにKさんが会場に来てくれるとのこと。Kさんとの二人態勢ということになるが、まあ何とかなるだろう。

本屋で本を少し買った後、久しぶりにピアノスタジオで少しピアノの練習。6月の演奏会に間に合わせるために、やはり今の時期から少しずつアコースティックピアノにも指を慣らしておいた方がいい。来月もちょくちょく来て練習しよう。

夕飯は「デリーズ・キッチン」というインド料理の店と決めていたのだが、行ってみたら何と「3月11日をもって閉店いたしました」とのこと。結構おいしいところだったので残念。やむなくすぐそばのとんかつ屋で食べた。ちょうど本屋でインド料理の本を買ったところだし、これを機に自宅で本格カレー作りでも始めてみようか。

悩ましい選曲

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お休みだったので遠出することも考えていたが、起きてみたらすっかり日が高くなってしまっている。今から身支度して出かけても中途半端になるように思われたので、家でのんびり過ごすことにした。

まとまった時間がとれることは珍しいので、午後は久しぶりにピアノをじっくり練習しようと思い立つ。次の演奏会までもう3ヶ月足らず、出演するのであればそろそろ曲のめどをつけなければならない。当初の予定ではスクリャービンのつもりでいた。人前で最後に弾いたのは3年前になるから、スクリャービン好きとしてはそろそろ戻ってもよいころだろう。

ところが、しばらく弾きこんでみて、短期間でこれを仕上げるのは容易でないことが分かってきた。自分一人で楽しむ分には何とかなるかもしれないが、2ヶ月半で人に聴かせることができるレベルになるとは到底思えない。それに新年度が始まれば、忙しくて練習の時間などほとんど確保できないだろう。やはり学生のころに一度弾いたものでないと、あまり長くて複雑な曲を選択するのは躊躇してしまう。このまま練習を続けてよいものか、そもそも演奏会に出演すべきかどうか、しばし考え込んでしまった。

結局、現時点での結論としては、スクリャービンは折にふれて練習は続けるものの一時的に後回しにし、今は過去に弾いたもう少し短めの曲を代わりに練習することにした。残された時間を考えれば、こうするのが一番現実的だろう。本格的に忙しくなる前に、少しでも譜読みを進めておきたい。

夕飯後、ずっと「サウンド・オブ・ミュージック」を見ていた。"My Favorite Things" に "Do-Re-Mi"、"Edelweiss" に "Climb Ev'ry Mountain" など、この映画から始まった超有名曲が次々登場する。通して見ると3時間もかかるが、あまり長さを感じさせない。あらためてしっかり見ると、ミュージカルというのもいいものだ。

"My Favorite Things" は、ピアニストのスティーヴン・ハフによるピアノ曲への編曲がある。学生時代に所属していたピアノサークルでは、華麗な彼の演奏が収録されたピアノアルバムは人気があった。私自身、学生のときにちょっと弾いてみたい衝動に駆られて楽譜を手に入れたことがあるが、難し過ぎてあきらめた。それ以来ずっと楽譜棚にしまいっぱなしだったが、ちょっとまた出してみる気になった。最初のページだけでもちょっと譜読みしてみようか。

先週は少し寒さが緩んだ日が続き、ちょっと春が近づいてきたかなと思わせたが、昨日あたりからまた寒さが戻ってきてしまった。今日は夕方から冷たい雨まで落ちてきたし、予報によれば夜は雪に変わるかもしれないとのこと。東京の方でもまた少し降るらしいし、とにかく今年の冬は雪が多い。

今はコーヒーを飲みつつ、グルダの弾く「ハンマークラヴィーア」を聴きながらこれを書いている。中学生か高校生のころ、楽譜を見ながらこれを聴き通したときは、自分がどこか遠い世界への大冒険から無事に生還したような心持ちがしたものだ。当時の私にとっては、ピアノソナタでこれほど長大なものはなかなかないのではないかと思わせるような巨大な曲だった。「ハンマークラヴィーア」という名称も、何だか寺院の大伽藍のような重厚さが感じられて、受ける印象の壮大さに一役買っていたと思う。弾けもしないのに、開いた楽譜の上でグルダに合わせて必死に指を動かしていた当時が懐かしい。

2016年12月

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