2010年03月31日

ブログ移行

どうも作業に手間取って時間がかかってしまったが、新年度になるこのタイミングでサーバを新しいマシンに移行させようと思う。それとともにこのブログも更新はこのエントリをもってストップし、4月からは別に立ち上げたブログを使いたい。新ブログは

http://monsieur.ddo.jp/newblog/

である。当初は今のブログを使い続けるつもりでいたのだが、サーバ引っ越しの際に今までの環境を構築し直すのが思いの外面倒だったうえ、すでにエントリ数が1300を超えて毎日の更新やコメントの書き込みにかなり時間がかかるようになっていたので、ここらで一度リセットしてしまおうと思った次第。ただ内容はこれまでと何も変わらない。相変わらず、私の日常生活 (Ma vie quotidienne) をだらだらと書き連ねるだけである。

なお、こちらの旧ブログはサーバ移行後のメンテナンスでうまくいっていない部分があるので、コメントの書き込みなどがうまくできなくなっていると思われる。当分の間は新ブログの方の環境整備に重きを置きたいので、ご了承を。

2010年03月29日

失せ物出る

久しぶりに勤務先へ。到着してすぐ、ちょっとよいことがあった。先日東京に出張する際、探し物をしていたせいで出発が遅れてしまったが、そのとき探していたものが出てきたのである。出張から戻った日にあらためて家の中を探し回ったときにも見つからず、これは困ったことになったと思っていたのだが、何のことはない、勤務先になぜか持ってきていたのだ。道理でどこにもないわけである。仕事とは全く関係ないものなのに、どうも部屋の掃除をしているとき他の書類とクリアファイルにまとめて鞄に突っ込み、それを勤務先で取り出してしまっていたらしい。出張中ずっと気になっていたので、この件が解決したのにはホッとした。

それにしても今日は寒い一日だった。天気はよいのに、風の冷たさは3月末とはちょっと思えない。三分咲きから五分咲きというところの桜も心なしか勢いを削がれているように見えた。

なお、これから数日のうちに自宅サーバを移行させる予定。このブログも合わせて新調するつもりでいるが、各種設定の細かい点が詰め切れていないので、作業中は表示がおかしくなったりコメント投稿ができなくなったりすることもあると思われる。落ち着くまでしばらく待たれたい。

2010年03月28日

参加者獲得の現場

夕方から車で市街に出る。本を買ってから広島将棋センターへ。いよいよ今年の詰将棋解答選手権が今週の土曜日に迫ってきたので、席主のTさんと簡単に打ち合わせをする。当初は参加申し込みが少なく、このままではずいぶんさびしいことになると心配していたのだが、将棋センターの方で積極的に宣伝していただいたことから、いつの間にか去年並みの人数まで参加者が増えてきた。これならさまになりそうだ。さらに打ち合わせ中にもTさんは参加者増やしの手を緩めず、対局を終えてソファに座っていた中学生の子に声をかけた。
「(チラシを渡しながら)今度の土曜日に詰将棋解答選手権いうのあるけぇ、どう」
「詰将棋?お父さんが出てええ言いよったら出る」
「そうか。お父さんまだおるじゃろ。うん。(電話をかける)……ああどうも、将棋センターのTです。えーとですね、今度の3日にですね、詰将棋解答選手権いうのをやるんですが、ええ、初級戦と一般戦で詰将棋を試験みたいに解く、ええ。ほいで聞いたら、お父さんがええ言うたら出る言うてますけど、ええ。600円です。……ああ、いいですかね。はいはい、はい、じゃそういうことで、はいどうも。(受話器置く)お父さんええって。初級戦と一般戦両方出るんでいいな」
「うん」
「(こちらに向かって)じゃ、彼も参加ってことで」
というわけで、目の前で新たに一人参加者が増えてしまった。やっぱり将棋センターの協力は実に大きい。この分だと、今年は去年の参加者を上回ることもできそうだ。

2010年03月27日

帰宅

連日ぐずついた天気が続いていたが、ようやく陽光の差す一日になった。何も予定がないのをいいことに惰眠を貪り、日が高くなってから起き出す。お昼をすませた後、BSでA級順位戦最終局の模様をまとめたドキュメンタリーをやっていたのでずっと見ていた。見終わって一服したところで出発。やはり年度末の土曜日、新幹線は混んでいた。

帰宅すると、チェス協会から来年度からの会員証が届いていた。出張前に年会費を振り込んでおいたのである。しかしカードに印字されているのは「斉藤」の文字。またかとうんざりする。数ヶ月前、詰将棋解答選手権の会場予約に関して利用申請をしたときも、いったんは「斉藤」で登録されてしまったのだった(これは後日訂正してもらった)。相変わらず、世の人の多くは「斎」と「斉」の区別がつかないようである。自分には「川」と「河」くらい違った字に見えているので、どうしてこう人が取り違えるのか不思議に思えてしまう。対応してくれるのかどうか分からないが、とりあえず再発行をお願いするメールは送っておいた。

2010年03月26日

数学会年会三日目

今日も数学会年会へ。曇り空だったが、3日目にしてやっと傘を差さずに出かけることができた。昨日に続き今日も武蔵小杉経由で日吉に向かう。今日は午後の講演だけ聴くつもりだったので、着いたときにはもうお昼近くなっていた。矢上キャンパスまでてくてくと歩き、ようやく会場に到着したところで同期だったT大のK君とA大のN君と出会った。昼飯を食べに行くところだというので同行させてもらうことにしたが、この周辺は食堂以外に店らしい店がないとのことで、また日吉駅周辺へUターン。もちろん食べた後はまた会場に行ったから、今日は駅とキャンパスの間を2往復もしてしまった。

午後は代数学賞の授賞式と受賞講演に出る。2つの講演が終わると今日はすぐ帰路に就いた。外に出るとまた少し小雨がぱらついている。どうもこのところ天気が悪くていけない。歩くこと自体は苦でないが、雨が降っているとやはりこのキャンパスから駅までの道のりは少々長く感じる。歩きながら、ふとハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思い出した。作中においてキーとなるのが、「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という台詞である。9マイルどころか、1マイルでも十分遠いよ、と思わずにはいられなかった。

広島には明日戻る予定。

2010年03月25日

数学会年会二日目

数学会年会の二日目。今日も冷たい雨だ。今回東京に出てくるまで知らなかったが、2週間ほど前に横須賀線の武蔵小杉駅が開業したらしい。せっかくなので、今日はそこで東横線に乗り換えて日吉に行くというルートを試してみた。正直なところ、乗り換えにあれだけの距離を歩かせて同じ駅名というのはちょっと無理があるような気がする。とはいえ、実家から乗り換えも1回ですむし、これまでより楽に日吉に行けるようになったことは確かだ。明日もこのルートで行ってみよう。

学会の方は、昨日買いそびれたアブストラクトも無事入手し、午後からは春季賞授賞式と総合講演に出席する。終了後、Fさんとご一家と落ち合って五反田のレストランで夕飯。いろいろお話しできて楽しかったが、途中で泣き出してしまったお子さんは、お父さんとお母さんを取られたような気がして面白くなかったのかもしれない。10時少し前にお別れして帰路に就いた。

2010年03月24日

数学会年会一日目

朝方に家を出て数学会年会の開かれているK大に行くつもりだったが、捜し物をしていたため予定より出発がだいぶ遅れる。広島駅に着くとちょうど数分後に新幹線が入ってくるところだったので、駅弁は車内で買うことにして急いで乗り込んだ。ところが中は大変な混雑。座ることはできたものの、通路には人が立ち並んでいて、これではワゴン車がやってきそうもない。腹が減ってきたので、意を決して1号車から人をかき分け歩いていった。すぐワゴン車に出くわすだろうとの思惑は外れ、グリーン車の9号車まで歩く羽目になる。ちょうど俳優の草刈正雄とおぼしき人物がコーヒーを買っているところだった。他人の空似かもしれないが、グリーン車だから本人だったのかもしれない。弁当を買うとまた長い道のりを歩いて戻った。

新横浜で新幹線を降り、電車を乗り継いで日吉にようやく到着。会場が矢上キャンパスで駅から少し遠く、冷たい雨の中、重い荷物を持って坂を上り下りするのはちょっと応えた。すでに一般講演もあらかた終わってしまっていたので、今日はアブストラクトだけでも購入しておこうと販売所に行ったら、扉に「本日終了」の貼り紙。銀行じゃあるまいし、こんなにさっさと店じまいしなくてもよさそうなものだ。捜し物といい新幹線のことといい、どうも今日はいろいろツイていない。何だか疲れるために行ったような形になってしまった。

夜はQ大のT君と落ち合い、横浜で夕飯。9時少し前に別れた。

2010年03月23日

謝恩会

まだ早いうちにいったん勤務先を引き揚げ、車を家に置いてからバスで街中に出る。今日は平和大通りに面したホテルで、所属する講座を卒業する4年生による謝恩会が開かれるのである。あいにくの雨の中、バスセンターから急ぎ足で会場に向かった。

謝恩会には一昨年去年と出ているが、今年は一昨年と同じ会場だった。最初に教員一同が並んで拍手を受け、学科長らが挨拶と乾杯の音頭をした後、しばらくは立食パーティーの時間。腹が落ち着いたところで余興の時間になる。毎年、その学年で元気のいい学生が司会をしてビンゴやクイズをし、上位入賞者に賞品が出るという企画をやるのだが、今年は講座対抗戦で2択クイズを何問も出題し、全問正解者の人数が多い順に賞金を出す、とのこと。ところが、出す問題が「うちの大学の食堂の名前は何でしょう?A. ピアロット B. カカロット」などという自明なものばかりで、何問やってもみんな正解してしまって差がつかない。企画した学生は面白いと思ってやったのだろうが、ちょっと空回りしている感は否めなかった。謝恩会に限らず、例えば結婚式の2次会などに出たときにも思うのだが、無理やり場を盛り上げようとして何か企画するくらいなら、最初から最後まで各自ご歓談ください、としてくれた方がよっぽど楽しめると思う。場を盛り上げる、というのは話術の要求される難しい仕事で、「イエーイ」と言っていればいいわけではないのだ。もっとも、そんなことを思ってしまうのも年をとった証拠だろうか。

終了後、うちの講座に所属していた学生と喫茶店に行ってもう少し話す。10時過ぎに散会。

2010年03月22日

連休終了

昨夜はかなり遅い時間までY君とチェス談義をしていたため、今朝は少々起きるのがつらかった。トースト、ベーコンエッグ、イチゴとヨーグルトの朝食をすませ、また少しチェスの話をする。オープニングにしてもエンディングにしても、並べ出すとすぐ時間が経ってしまう。気がつくと彼の新幹線の時間が近づいてきたので、車で広島駅まで送った。今日は岡山に泊まり、明日東京に戻るとのことだった。

この三連休は山登りにチェスと好き勝手に遊んでしまったが、最終日の今日はおとなしくしていることにし、広島駅から戻ると午後はずっと家にこもっていた。やっていたのは主に楽譜の校正作業とサーバの準備作業。楽譜校正はいよいよ最終段階に入った。自分の担当する楽譜は今回分が最後のはずである。一通り目は通したので大丈夫だろう。

明日は大学では卒業式がある。K大で行われる春の学会に行くため、明後日は東京に移動するつもり。

2010年03月21日

チェス三昧

今日はまた朝から快晴。昨晩荒れ模様だったのが嘘のようだ。ただし風は強め。午前中は部屋の掃除をしつつ、NHK杯将棋トーナメントの決勝戦を見る。準決勝まであれだけ早指しだった糸谷五段が、羽生名人相手には妙に慎重になって持ち時間を使っていた。結果は羽生名人の勝ち。

午後はまず床屋に出かけ、さっぱりしたところで車を出して出発。まずは横川の近くにあるファミレスで、先月に引き続きHさんとチェスを指す。今回は持ち時間も30分+30秒とトーナメント並みの長さに設定し、かなり本格的に指してみることにした。早い段階で駒得したので、これは手なりで指していけば何とかなるだろうと安心していたら、突然一発逆転のメイトのラインがあることに気づいてぎょっとなる。何とか切り抜けて勝てたが、もしもっと短い持ち時間で指していたら、間違いなく引っかかって負けていただろう。これだからチェスはこわい。どうも自分にはビショップの展開が遅れたまま居玉で戦いを始めてしまう傾向があり、しばしばキャスリングできないまま危険な形に追い込まれてしまう。チェスにおいても、やはり「居玉は避けよ」である。終了後は、たっぷり感想戦を楽しんだ。

Hさんと5時半頃お別れした後、広島駅に移動。ここでピアノの会同期のY君と落ち合う。彼は出張で岡山に来ており、せっかくだからと広島まで足を延ばしてくれたのだ。駅構内のお好み焼き屋で夕飯をすませた後、車で自宅にご招待する。彼はチェスの強豪でもあり、すでに年明けに指して見事に負かされている。家に着いてから早速チェス盤を出してきて、お互いが最近指した対局を並べ合って検討。その後ベルリンディフェンスの一変化について、対局と検討を兼ねたような形で指してみる。かなり突っ込んだところまで研究することができ、非常に有意義であった。今晩は彼に泊まってもらい、明日広島駅で送り届けるつもり。さて、今夜はもう少し語ろう。