研究集会に参加

真っ暗なうちから起き出し、朝7時過ぎに家を出る。今日と明日は1泊2日の予定で宇部出張。運の悪いことに、下の子の保育園で行われる発表会とぴったりカブってしまった。ビデオが撮れていたら、帰宅してから見せてもらうことにしよう。

出発直前まで迷ったが、やはり今回は車は置いていくことにした。雪が降る心配が少しでもある以上、どの程度の降りになるかはやはり実際にその日になってみないと分からないところがある。行程のどこかで冬タイヤ規制がかかる可能性も高い。たまには電車で行くのもよいだろう。

新山口駅から宇部空港行きのバスに乗り、終点手前のバス停で降りてひたすら歩く。明日が雪と予報されているのに今日は妙に暖かく、てくてく歩くにはちょうどよい気候だった。40分ほどかけて、無事会場のY大に到着した。昨年までの会場だったU高専の隣である。

講演は午前二つ、午後三つで、全員板書だった。終了後、ホテルまでの長い道のりをまた歩く。部屋に入って一服してから懇親会の会場へ。2時間半ほど談笑してからホテルに戻った。スマホの歩数計では、今日一日で14,680歩も歩いたことになっている。すでに今年の最高記録が出たかもしれない。

人差し指の爪

今日もいろいろあって忙しかった。いつも帰るころになってやらなければいけないことを思い出す。保育園のお迎え時間に間に合うために大慌てになってしまう。

睡眠不足が続くとささくれができやすいのは昔からだが、先月くらいから、どういうわけか人差し指の爪が乱れるようになった。少し削れて切り口のラインがへこんだようになったり、ほかの指でなぞるとわずかに段差がついていたりする。最初は何かが当たって傷がついたのかと思っていたが、爪を切ったあともしばらくするとまたおかしくなるし、両手とも症状が現れることもあるので、これは外部が要因ではないらしいと分かった。何かの栄養が不足しているということなのかもしれない。たまに小さな毛玉が引っかかるくらいで生活に支障はないが、もう少し様子を見てみよう。

日曜日は雪の予報

今日も忙しかった。といっても午後のかなりの時間はメールをやりとりしているだけなのだが、複数の案件が同時進行で動いていると頻繁に頭を切り換えなければならない。それが忙しさを感じさせるのだろう。

昨日、この土日に雪の予報は出ていないと書いたばかりだが、そう世の中は甘くなかった。今日になったら一斉に、日曜日は雪になるという予報が目立つようになった。どの程度降るかはまだ分からないが、先日の降雪では山陽道で車が立ち往生して長時間動けなくなったばかり。あんなのに巻き込まれたら大変だ。土日の出張は電車にした方がよいのかもしれない。ともあれ、期日が近づいてから決めよう。

少し大きな地震

10時18分頃だったが、勤務先の自室に一人でいたら、建物がユサユサと揺れ出した。おや、地震だなと思っていると、10秒くらいしたところでもう一段強い揺れがグラグラッとやってきた。この大きさの地震は久しぶりかもしれない。もしかして南海トラフか何かだろうかと思ったが、調べてみると島根県東部が震源とのこと。震源地近くではかなり揺れが強かったようだ。実際その後、3回くらいは余震があったように思う。

今日は先日の雪の日に比べれば暖かかったはずだが、体感的にはかなり寒く感じた。予報では明後日あたりに冷え込みがあるようだ。ただ雪の予報は現時点では出ていない。土日に車で出張の予定があるので、何とかこのまま行ってほしい。

仕事始め

冬休みも昨日で終わり。今日から仕事始めだ。またいろいろな方向から矢のように飛んでくる仕事に片っ端から対応しなければいけない。

初日の今日はそれでもおとなしい方で、午前中から午後の早い時間にかけてはメールベースの仕事や明日の授業の準備、そのあとは連続する授業を2コマこなして終わった。明日は午後が授業やセミナーで埋まっている。徐々に忙しさにエンジンがかかっていく。

何とか頑張っていこう。

タコとジャガイモの温サラダをつくる

天気予報の通り、お昼頃から徐々に雪が本格的に降り始め、だんだんと外の景色が白くなっていった。この年末年始はどこにも出かけなかったが、神戸に帰省した年はたいてい1月2日に戻ってくる。今日が移動日だったら通行止めか渋滞に巻き込まれて大変な目に遭っていたかもしれない。

上の子の熱は今日にはもう下がったが、まだちょっと痰がからんだような咳をしている。もうしばらくは家庭内での感染が拡がらないよう気をつけたい。夕飯は妻がミートソースのパスタをつくり、自分がサイドディッシュとしてタコとジャガイモの温サラダをつくった。

謹賀新年

謹賀新年。今年もよろしく。

正月一日目はゆっくり筑前煮や雑煮を食べ、午後から近所の神社にでも初詣に行こうかと考えていた。ところが、上の子が体調を崩してしまい、午後から熱が出て寝込んでしまったので、結局近所のスーパーに食材を買っただけで終わってしまった。夕飯は半額になっていた肉でしゃぶしゃぶ。昨年の1月1日の行動を確認したら、初詣に行かなかったことを除けば、夕飯がしゃぶしゃぶだったところまで今日と全く同じだった。判で押したように同じような生活を繰り返している。

それにしても、新しい年は「自分や家族が健康問題にあまり悩まされない」ようにと、昨日書いたばかり。翌日にもう家族から体調不良者が出てしまった。こんなことでは先が思いやられる。明日は雪になるらしいし、3が日はずっとおとなしくしていることになるだろう。

一年を振り返って

ここ数日と同じように、大晦日ものんびり過ごした。近所のスーパーに買い物に行き、年越しそばや筑前煮の食材を買う。帰宅後、家族を下ろしていったん勤務先に行き、忘れ物を取ってきた。

2025年が終わった。引っ越しをするという大きなイベントがあった年であり、それ自体は何とかうまくいってホッとしている。しかし率直に言って、今年は自分にとって近年まれに見る悪い年だったと言わざるを得ない。毎年悪いことは起きるものだが、「それにしても今年は本当にひどい年だ」とつぶやいたことがこんなに何度もあった年は、あまり記憶にない。やはり健康面でいろいろ不安な経験をしたことが大きい。結果的には深刻な事態にまでは至らずにこうやって年越しを迎えているが、いよいよまずいことになったのではとハラハラすることが何度もあり、自分が着実に年をとってきているということを痛感した。それ以外にも、仕事でも憂鬱な事態が何度も起きて疲弊させられたし、それ以外にも愉快でないことがいろいろ起きてがっくりするということが妙に多かったように思う。

来年も、正直なところ、仕事に関してはあまり明るい展望が開けているとは言いがたい。社会的にも、温暖化にしても少子化にしてもますます深刻になる一方で、何の希望も持てないというべき状態に近いのではないだろうか。あれこれ考えていると暗澹とした気分になってくるが、せめて来年は自分や家族が健康問題にあまり悩まされないこと、そのうえでたまにはホッとすることや気が晴れてすっきりするようなことが一つでも多く起きることを期待したいと思う。

それでは皆様、よいお年を。

百年の孤独

数日前のことだが、夏が終わるころから何ヶ月もかけて少しずつ読み進めていた、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」をようやく読了することができた。文庫版を買ったのはもっと前だったが、ほかに読む本が多く、順番待ちだったのである。今の生活では、一日の中でまとまった読書の時間をとることはほぼ不可能で、出勤前のトイレの中とか、みんなが寝静まった深夜とか、わずかな隙間時間に数ページ読むのがせいぜいだ。それでも粘り強く前進した結果、年が変わる前に大作を終わらせることができたのはよかった。やはり名作・傑作とされているものは、一度は読む体験をしておきたい。

今年はアンソニー・ホロヴィッツやジル・ペイトン・ウォルシュなど現代のミステリ数冊のほか、ディケンズ、H.G.ウェルズ、マンスフィールド、キプリング、チーヴァーらの短編集を読んだ。長編では上の「百年の孤独」のほか、カポーティの「遠い声 遠い部屋」、セバスチャン・ジャプリゾの「長い日曜日」を読んだ。別に読んで賢くなるわけでも何かに役立つわけでもないうえ、忙しくて時間を捻出するのにも苦労しているが、だからといってこういうことを完全にやめてしまいたくはない。ある種の精神的な豊かさを捨ててしまうような感覚があるのである。今後も細々とではあるが、何とか続けていきたいものだ。来年はどのへんから読んでいこうかと、今から考えている。

鶏切り干し大根をつくる

この年末年始は上の子が勉強する時間を確保する必要があるので、帰省もせず家で過ごすことになっている。今日ものんびりとしていた。そろそろ年賀状の準備をしないといけないので、デザインに使う折紙を制作したりしていた。もっとも、近ごろは年賀状をやめてしまう人がずいぶん増えた。もうそういう時代である。

夕飯はもうお寿司でも買ってきてすませようということになったが、それだけでは物足りないかもと思い直し、副菜のつもりで鶏切り干し大根をつくってみた。