将棋ひろば訪問

夕方、一人で家を出て街中に向かった。行き先は舟入本町にある将棋ひろば。詰将棋解答選手権に関する打ち合わせをするためである。

詰将棋解答選手権は、2009年から全国各地で開催されるようになった。広島でも開催すべきだと考えたものの、当時は関東からこの地にやってきてまだ4年ほどで、土地勘もないし知り合いも少ない。そこで何とか協力を得られないかと思って訪ねたのが広島将棋センターだった。以来、将棋センターの方にいろいろと助けてもらいながら、11年連続で選手権を行うことができた。しかしコロナ禍で2020年の催しは中止。さらにショッキングなことに、広島将棋センター自体が2021年に閉所してしまった。ついに2024年に対面スタイルの詰将棋解答選手権が再開されると発表されたとき、もしまた広島で開催できるとしたら、将棋センターに代わる形で開所した将棋ひろばに協力を仰ぐしかなかったのだ。

今回は代表のYさんと会っていろいろと準備内容などをご説明することになっていたが、今日は体調を崩されたとのことで、Yさんの奥様が対応してくださった。用意しておいた資料を使ってこれまでの経緯などをお話しする。こちらとしては、一番気がかりだったのは会場の確保だった。これまでは広島将棋センターのTさんが公共施設の会議室を押さえてくれていたのだが、そこをどうしたらよいか……。ここで奥様から、何と今いる将棋ひろばの部屋を使ってはどうかというご提案をいただく。もしここを会場で使わせていただけるなら、会場問題が解決して一気にやりやすくなる。これは本当にありがたいお話しだった。いろいろ細部は詰める必要はあるが、これで来年の広島開催はかなり実現の可能性が高まったといっていいだろう。

30分ほどお話しして失礼した。それにしても、将棋ひろばの中は対局を楽しむ人であふれ、将棋センターの雰囲気そのままだった。ああいう場が引き継がれたのは素晴らしいことだと思う。

八冠誕生

今日行われた将棋王座戦の第四局は、藤井七冠が永瀬王座に勝ち、3勝1敗でタイトルを奪取した。ついにこれで前人未踏の八冠完全制覇となったわけだ。27年前の1996年2月14日、羽生九段が七冠を達成した日の大騒ぎを今も覚えているが、2023年10月11日もまた、歴史的偉業達成の日として将棋界では語り継がれる日になるだろう。

対局中継は最終盤の様子だけ観戦していたが、形勢が揺れ動きつつも最後は永瀬王座で決着したかに見えた。しかしうっかり指してしまった1手のために大逆転。第三局も同じような逆転劇があったので、どちらも異変が起きなければ、今日で永瀬王座のタイトル防衛が決まっていたかもしれない。最後の最後まで勝負事は分からない。

それにしても、詰将棋全国大会で見たあの小さな男の子を見たのは11年前のこと。プロ棋士になってもおかしくないとは当時から思っていたが、ここまで強くなるとは感慨深いものがある。

自作は取り下げ

日曜日に詰備会に参加した際、思わぬ流れで作品を採用してもらうことにいったんは決まったのだが、残念ながらこの件はダメになってしまった。今日になって幹事のHさんから連絡があり、あのときに提出した自作に変同が見つかったとのこと。調べてみると、確かにどう頑張っても変化手順が同手数になってしまう。創ったのがだいぶ前でもうすっかり忘れていたが、どうも十分な検討をせずにとりあえず保存しておいただけだったようだ。もう少しでみっともない作品を出してしまうところだった。さすがにこんなキズものを出すわけにはいかない。もちろん今回は作品を取り下げ、ほかの方の作品に差し替えてもらうようお願いする。世に出てしまう前に指摘していただいて助かった。

Hさんからはすでに修正案も提示していただいたが、自分でもほかに何か可能性があるか考えてみたいと思う。しかし、やはりその場の思いつきで推敲不十分な作品を出してしまうのはよくない。気をつけよう。

詰備会に行く

今日も朝から晩まで本降りの雨。昨日より風が弱まったので幾分しのぎやすくはなったが、それでもかなりの雨量になったことは確かだ。

今日は詰備会の会合とプロパラのオンライン会合がバッティングして行われることになっていた。どうしようか迷っていたが、久しぶりに詰備会に顔を出してみることに決める。会合は1時からだったが、家を出たときはもう12時を過ぎていたので、だいぶ遅刻することは明らかだった。

降りしきる雨の中、岡山駅からとぼとぼと歩いて会場に到着。部屋に張ったときにちょうど2時で、1時間遅れだった。参加者は10名程度。いくつかのグループに分かれ、お互いが出す新作を解き合ういつもの時間が流れる。詰備会作品展に何か出品する用意はあるかと聞かれ、だいぶ前に作ってそのままになっていた試作品を一応提示してみたところ、何とそのまま採用ということになってしまった。正直なところ、あまりおもしろみもなく平々凡々な内容なのだが、このまま眠らせておくよりこういう場で使ってもらった方がいいだろう。

5時に会合は終了。2次会は失礼させていただくことにして帰路に就く。7時前には自宅にたどり着いた。

参加断念

もう5月になってしまった。月曜日なので線形代数学の講義と演習。始まったばかりのころは忘れ物をしたりしてどうもバタバタしていたが、最近はようやく落ち着いてきた。

今年は詰将棋全国大会が久しぶりに行われることになった。出張とぶつかってしまった年を除けばなるべく参加するようにしていたのだが、今年は開催日が海の日の7月17日らしいので、残念ながら行くことは難しそうだ。勤務先では海の日を通常授業日とすることが、このところすっかり慣例になっているのである。月曜日は講義と演習がある以上、休むわけにはいかない。

「詰将棋の世界」が出た2021年にもし全国大会が開かれていれば、と思わずにはいられない。出版間もない時期なら直接参加者から反応をいただくことができただろうが、コロナ禍まっただ中でそれはかなわなかった。翌年も中止。ついに今年は開催されるというのに、よりによってなぜ開催日がいつもより一日遅いのか。今後も海の日に行われることが続くなら、もう当分参加はできないことになる。残念だが仕方がない。

街中で詰将棋談義

夕方、新体操教室を終えた上の子を家まで送り届けると、その足で街中へと向かった。詰将棋作家で詰将棋本の出版も多数手がけておられるSさんから、仕事で広島に行くから話しませんかとお誘いを受けていたのである。詰将棋解答選手権や詰将棋全国大会は今年も対面形式での開催はすべて中止で、誰かと顔を合わせて詰将棋の話をじっくりすることはすっかり少なくなってしまっている。こういう機会は逃したくない。

8時ごろ、今日の仕事を終えたSさんと合流。事前に予約しておいた串焼きの店まで歩く。はじめて行く店だったのでまともかどうかちょっと不安だったが、特に問題なく焼き鳥をおいしく頬張ることができた。Sさんとは10時ごろまで、詰将棋に関するあれこれの話題を語り合う。楽しい時間を過ごすことができた。

ホテル近くのコンビニの前でSさんとお別れし、帰路に就いた。帰宅は10時半過ぎ。

詰パラ7月号

もう7月になってしまった。どんどん時間が過ぎてゆく。

帰宅すると、詰パラの7月号が届いていた。今回は久しぶりに自作が出ている。前に載せてもらったのはおそらく2016年の10月号だから、ほぼ6年ぶりだ。もうちょっと頻度を上げたいとは思っているのだが、限られた時間で人に見せられるものをこしらえるのは、自分の能力ではかなり厳しい。

今回の作品も最初から出すつもりではなかった。5月の会合で作品展に出す作品選びをしていたとき、あと一作をどうするかという段階で急に拾ってもらうことに決まったのだ。特に見せ場もなく、それらしい手を続けると詰んでしまうので、きっと評価は低いに違いない。まあそれでも、採ってもらったのだからよしとすべきだろう。

サイトの再構築

今日は主に昨日実施した中間試験の採点をしていた。まだ始めたばかりで先は長いが、おおよその採点基準は固まったので、明日以降はもう少しペースを上げられるだろう。

このページも少しずつ再構築を勧めているが、何しろ前のデータがほとんどすべて失われており、ひととおりの作業を終えるにはまだかなりかかりそうだ。とりあえずピアノの演奏記録と過去に作った詰将棋、それにチェスを指していたころに対戦記録はだいたいデータを復旧させたが、もしかしたら何か漏れがあるかもしれない。折紙のページは、実はまだ個々の折紙作家のページができていない。以前は折った作品の出典、折った年月日、紙の種類、サイズなどをすべて記載していたのだが、残念ながらいくつかの作品についてのデータはもう分からなくなってしまった。それでも作品名など基本的な情報はだいたい復元可能だと思うので、できるところから復活させていきたい。